寝ているものがあるもんかね。チョッ不景気な、病人くさいよ、眼がさめたら飛び起きるがいいわさ。ヨウ、起きておしまいてえば。
「厭《や》あだあ、母《かあ》ちゃん、お眼覚《めざ》が無いじゃあ坊《ぼう》は厭あだあ。アハハハハ。
「ツ、いい虫だっちゃあない、呆《あき》れっちまうよ。さあさあお起《おき》ッたらお起きナ、起きないと転がし出すよ。
と夜具を奪《と》りにかかる女房《にょうぼう》は、身幹《せい》の少し高過ぎると、眼の廻《まわ》りの薄黒《うすぐろ》く顔の色一体に冴《さ》えぬとは難なれど、面長《おもなが》にて眼鼻立《めはなだち》あしからず、粧《つく》り立てなば粋《いき》に見ゆべき三十前のまんざらでなき女なり。
 今まで機嫌《きげん》よかりし亭主《ていしゅ》は忽然《こつぜん》として腹立声に、
「よせエ、この阿魔《あま》あ、おれが勝手だい。
と云《い》いながら裾《すそ》の方《かた》に立寄れる女を蹴《け》つけんと、掻巻《かいまき》ながらに足をばたばたさす。女房は驚《おどろ》きてソッとそのまま立離《たちはな》れながら、
「オヤおっかない狂人《きちがい》だ。
と別に腹も立てず、少し物を考う。
「あたりめ
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