屈して居るやうになつたところで、良兼方の一分は立つたのだから、其儘に良兼方が凱歌を奏して退《ひ》いて終《しま》つたれば、或は和解の助言なども他から入つて、宜い程のところに双方|折合《をりあ》ふといふことも成立つたか知れないのである。ところが転石の山より下《くだ》るや其の勢《いきほひ》必ず加はる道理で、終《つひ》に良兼将門は両立す可からざる運命に到着した。それは将門が安穏を得させようとして跡を埋め身を隠させた其の愛妻を敵が発見したことであつた。どうも良兼方の憎悪は此の妻にかゝつて居たらしい。それ占《し》めたといふのであつたらう、忽ちに手対《てむか》ふ者を討殺《うちころ》し、七八|艘《さう》の船に積載した財貨三千余端を掠奪し、かよわい妻子を無漸《むざん》にも斬殺《きりころ》してしまつたのが、同月十九日の事であつた。元来火薬が無かつた訳では無いから、如何に一旦は神妙にしてゐても、此処《こゝ》に至つて爆発せずには居ない。後の世の頼朝が伊豆に潜《ひそ》んで居た時も、たゞおとなしく世を終つたかも知れないが、伊東入道に意中の女は引離され児は松川に投入れらるゝに及んで、ぶる/\と其の巨《おほ》きい頭を
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