ょう》初めて綱位《こうい》を受《う》け、中々《なかなか》賎《いやし》まるべき者にあらず、西洋にては声なき詩の色あるを絵と云い、景なき絵の魂|凝《こり》しを彫像と云う程|尊《たっと》む技を為《な》す吾《われ》、ミチエルアンジロにもやはか劣るべき、仮令《たとい》令嬢の夫たるとも何の不都合あるべきとは云え、蝸牛《ででむし》の角立《つのだて》て何の益なし、残念や無念やと癇癪《かんしゃく》の牙《きば》は噛《か》めども食付《くいつく》所なければ、尚《なお》一段の憤悶《ふんもん》を増して、果《はて》は腑甲斐《ふがい》なき此身|惜《おし》からずエヽ木曾川の逆巻《さかまく》水に命を洗ってお辰見ざりし前に生れかわりたしと血相|変《かわ》る夜半《よわ》もありし。

      下 化城諭品《けじょうゆぼん》の諫《いさめ》も聴《きか》ぬ執着《しゅうじゃく》

 痩《やせ》たりや/\、病気|揚句《あげく》を恋に責《せめ》られ、悲《かなしみ》に絞られて、此身細々と心|引立《ひきたた》ず、浮藻《うきも》足をからむ泥沼《どろぬま》の深水《ふかみ》にはまり、又は露多き苔道《こけみち》をあゆむに山蛭《やまびる》ひいやりと襟《えり》に落《おつ》るなど怪しき夢|計《ばかり》見て覚際《さめぎわ》胸あしく、日の光さえ此頃《このごろ》は薄うなったかと疑うまで天地を我につれなき者の様《よう》恨む珠運《しゅうん》、旅路にかりそめの長居《ながい》、最早《もはや》三月《みつき》近くなるにも心|付《つか》ねば、まして奈良[#「良」は底本では「見」]へと日課十里の行脚《あんぎゃ》どころか家内《やうち》をあるく勇気さえなく、昼は転寝《うたたね》勝《がち》に時々|怪《け》しからぬ囈語《うわごと》しながら、人の顔見ては戯談《じょうだん》一《ひ》トつ云わず、にやりともせず、世は漸《ようや》く春めきて青空を渡る風|長閑《のどか》に、樹々《きぎ》の梢《こずえ》雪の衣脱ぎ捨て、家々の垂氷《たるひ》いつの間にか失《う》せ、軒伝う雫《しずく》絶間《たえま》なく白い者|班《まばら》に消えて、南向《みなみむき》の藁《わら》屋根は去年《こぞ》の顔を今年初めて露《あらわ》せば、霞《かす》む眼《め》の老《おい》も、やれ懐かしかったと喜び、水は温《ぬる》み下草は萌《も》えた、鷹《たか》はまだ出ぬか、雉子《きじ》はどうだと、終《つい》に若鮎《わかあゆ》の噂《うわさ》にまで先走りて若い者は駒《こま》と共に元気|付《づき》て来る中に、さりとてはあるまじき鬱《ふさ》ぎ様《よう》。此《この》跡ががらりと早変りして、さても/\和御寮《わごりょ》は踊る振《ふり》が見たいか、踊る振が見たくば、木曾路に御座れのなど狂乱の大陽気《おおようき》にでも成《なら》れまい者でもなしと亀屋《かめや》の爺《おやじ》心配し、泣くな泣きゃるな浮世は車、大八の片輪《かたわ》田の中に踏込んだ様《よう》にじっとして、くよ/\して居るよりは外をあるいて見たら又どんな女に廻《めぐ》り合《あう》かもしれぬ、目印の柳の下で平常《ふだん》魚は釣《つ》れぬ代り、思いよらぬ蛤《はまぐり》の吸物から真珠を拾い出すと云う諺《ことわざ》があるわ、腹を広く持て、コレ若いの、恋は他《ほか》にもある者を、と詞《ことば》おかしく、兀頭《はげあたま》の脳漿《のうみそ》から天保度《てんぽうど》の浮気論主意書《うわきろんしゅいがき》という所を引抽《ひきぬ》き、黴《かび》の生《はえ》た駄洒落《だじゃれ》を熨斗《のし》に添《そえ》て度々進呈すれど少しも取り容《い》れず、随分面白く異見を饒舌《しゃべ》っても、却《かえ》って珠運が溜息《ためいき》の合《あい》の手の如《ごと》くなり、是では行かぬと本調子整々堂々、真面目《まじめ》に理屈《りくつ》しんなり諄々《くどくど》と説諭すれば、不思議やさしも温順《おとなし》き人、何にじれてか大薩摩《おおざつま》ばりばりと語気|烈《はげ》しく、要《い》らざる御心配無用なりうるさしと一トまくりにやりつけられ敗走せしが、関《かま》わず置《おけ》ば当世|時花《はや》らぬ恋の病になるは必定、如何《どう》にかして助けてやりたいが、ハテ難物じゃ、それとも寧《いっそ》、経帷子《きょうかたびら》で吾家《わがや》を出立《しゅったつ》するようにならぬ内|追払《おっぱら》おうか、さりとては忍び難し、なまじお辰と婚姻を勧めなかったら兎《と》も角《かく》も、我口《わがくち》から事|仕出《しいだ》した上は我《わが》分別で結局《つまり》を付《つけ》ねば吉兵衛も男ならずと工夫したるはめでたき気象《きしょう》ぞかし。年《とし》は老《と》るべきもの流石《さすが》古兵《ふるつわもの》の斥候《ものみ》虚実の見所誤らず畢竟《ひっきょう》手に仕業《しわざ》なければこそ余計な心が働きて苦《くるし》む者なるべ
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