る様《よう》に、今迄《いままで》は関《かま》わざりし形容《なりふり》、いつか繕う気になって、髪の結様《ゆいよう》どうしたら誉《ほめ》らりょうかと鏡に対《むか》って小声に問い、或夜《あるばん》の湯上《ゆあが》り、耻《はずか》しながらソッと薄化粧《うすげしょう》して怖怖《こわごわ》坐敷《ざしき》に出《いで》しが、笑《わらい》片頬《かたほ》に見られし御|眼元《めもと》何やら存《あ》るように覚えて、人知らずカッと上気せしも、単《ひとえ》に身嗜《みだしなみ》計《ばかり》にはあらず、勿体《もったい》なけれど内内《ないない》は可愛《かわゆ》がられても見たき願い、悟ってか吉兵衛様の貴下《あなた》との問答、婚礼せよせぬとの争い、不図《ふと》立聞《たちぎき》して魂魄《たましい》ゆら/\と足|定《さだま》らず、其儘《そのまま》其処《そこ》を逃出《にげいだ》し人なき柴部屋《しばべや》に夢の如《ごと》く入《いる》と等しく、せぐりくる涙、あなた程の方の女房とは我身《わがみ》の為《ため》を思われてながら吉兵衛様の無礼過《なめすぎ》た言葉恨めしく、水仕女《みずしめ》なりともして一生|御傍《おそば》に居られさいすれば願望《のぞみ》は足る者を余計な世話、我からでも言わせたるように聞取《ききと》られて疎《うと》まれなば取り返しのならぬ暁《あかつき》、辰は何になって何に終るべきと悲《かなし》み、珠運様も珠運様、余りにすげなき御言葉、小児《こども》の捉《とっ》た小雀《こすずめ》を放して遣《や》った位に辰を思わるゝか知らねどと泣きしが、貴下《あなた》はそれより黙言《だんまり》で亀屋を御立《おたち》なされしに、十日も苅《か》り溜《ため》し草を一日に焼《やい》たような心地して、尼にでもなるより外なき身の行末を歎《なげき》しに、馬籠《まごめ》に御病気と聞く途端、アッと驚く傍《かたわら》に愚《おろか》な心からは看病するを嬉《うれし》く、御介抱|申《もうし》たる甲斐《かい》ありて今日の御|床上《とこあげ》、芽出度《めでたい》は芽出度《めでたけ》れど又もや此儘《このまま》御立《おたち》かと先刻《さっき》も台所で思い屈して居たるに、吉兵衛様御内儀が、珠運様との縁|続《つ》ぎ度《たく》ば其人様の髪一筋知れぬように抜《ぬい》て、おまえの髪と確《しっか》り結び合《あわ》せ※[#「口+急」、224−9]※[#「口+急」、224−9
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