暫《しばら》く眺《なが》めたるこそ愚《おろか》なれ。吉兵衛の詞《ことば》気になりて開く新聞、岩沼令嬢と業平侯爵《なりひらこうしゃく》と題せる所をふと読下せば、深山《みやま》の美玉都門《びぎょくともん》に入《いっ》てより三千の※[#「石+武」、第4水準2−82−42]※[#「石+夫、第4水準2−82−31]《ぶふ》に顔色なからしめたる評判|嘖々《さくさく》たりし当代の佳人岩沼令嬢には幾多の公子豪商熱血を頭脳に潮《ちょう》して其《その》一顰一笑《いっぴんいっしょう》を得んと欲《ほっ》せしが預《かね》て今業平《いまなりひら》と世評ある某侯爵は終《つい》に子爵の許諾《ゆるし》を経て近々結婚せらるゝよし侯爵は英敏閑雅今業平の称|空《むな》しからざる好男子なるは人の知所《しるところ》なれば令嬢の艶福《えんぷく》多い哉《かな》侯爵の艶福も亦《また》多い哉《かな》艶福万歳|羨望《せんぼう》の到《いたり》に勝《たえ》ず、と見る/\面色赤くなり青くなり新聞紙|引裂《ひきさき》捨《す》て何処《いづく》ともなく打付《うちつけ》たり。
下 恋恋恋《れんれんれん》、恋《こい》は金剛不壊《こんごうふえ》なるが聖《せい》
虚言《うそ》という者|誰《たれ》吐《つき》そめて正直は馬鹿《ばか》の如《ごと》く、真実は間抜《まぬけ》の様《よう》に扱わるゝ事あさましき世ぞかし。男女《なんにょ》の間変らじと一言《ひとこと》交《かわ》せば一生変るまじきは素《もと》よりなるを、小賢《こさか》しき祈誓三昧《きしょうさんまい》、誠少き命毛《いのちげ》に情《なさけ》は薄き墨含ませて、文句を飾り色めかす腹の中《うち》慨《なげ》かわしと昔の人の云《いい》たるが、夫《それ》も牛王《ごおう》を血に汚《けが》し神を証人とせしはまだゆかしき所ありしに、近来は熊野《くまの》を茶にして罰《ばち》を恐れず、金銀を命と大切《だいじ》にして、一《ひとつ》金《きん》千両|也《なり》右借用仕候段実正《みぎしゃくようつかまつりそうろうだんじっしょう》なりと本式の証文|遣《や》り置き、変心の暁は是《これ》が口を利《きき》て必ず取立《とりたて》らるべしと汚き小判《こばん》を枷《かせ》に約束を堅《かた》めけると、或書《あるしょ》に見えしが、是《これ》も烏賊《いか》の墨で文字書き、亀《かめ》の尿《いばり》を印肉に仕懸《しかく》るなど巧《た
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