二|相《そう》も揃《そろ》い御声《おんこえ》は鶯《うぐいす》に美音錠《びおんじょう》飲ましたよりまだ清く、御心《ごしん》もじ広大|無暗《むやみ》に拙者《せっしゃ》を可愛《かわゆ》がって下さる結構|尽《づく》め故《ゆえ》堪忍ならずと、車を横に押し親父《おやじ》を勘当しても女房に持つ覚悟|極《き》めて目出度《めでたく》婚礼して見ると自分の妄像《もうぞう》ほど真物《ほんもの》は面白からず、領脚《えりあし》が坊主《ぼうず》で、乳の下に焼芋の焦《こげ》た様《よう》の痣《あざ》あらわれ、然も紙屑屋《かみくずや》とさもしき議論致されては意気な声も聞《きき》たくなく、印付《しるしつき》の花合《はなあわ》せ負《まけ》ても平気なるには寛容《おおよう》なる御心《おこころ》却《かえ》って迷惑、どうして此様《このよう》な雌《めす》を配偶《つれあい》にしたかと後悔するが天下半分の大切《おおぎり》、真実《まこと》を云《いえ》ば一尺の尺度《ものさし》が二尺の影となって映る通り、自分の心という燈《ともしび》から、さほどにもなき女の影を天人じゃと思いなして、恋も恨《うらみ》もあるもの、お辰めとても其如《そのごと》く、おまえの心から製《こしら》えた影法師におまえが惚《ほ》れて居る計《ばか》り、お辰の像に後光まで付《つけ》た所では、天晴《あっぱれ》女菩薩《にょぼさつ》とも信仰して居らるゝか知らねど、影法師じゃ/\、お辰めはそんな気高く優美な女ならずと、此爺《このじい》も今日悟って憎くなった迷うな/\、爰《ここ》にある新聞を読《よ》め、と初《はじめ》は手丁寧後は粗放《そほう》の詞《ことば》づかい、散々にこなされて。おのれ爺《じじい》め、えせ物知《ものしり》の恋の講釈、いとし女房をお辰めお辰めと呼捨《よびすて》片腹痛しと睨《にら》みながら、其事《そのこと》の返辞はせず、昨日頼み置《おき》し胡粉《ごふん》出来て居るかと刷毛《はけ》諸共《もろとも》に引※[#「怨」の「心」に代えて「手」、第4水準2−13−4]《ひきもぐ》ように受取り、新聞懐中して止むるをきかず突《つ》と立《たっ》て畳ざわりあらく、馴《なれ》し破屋《あばらや》に駈戻《かけもど》りぬるが、優然として長閑《のどか》に立《たて》る風流仏《ふうりゅうぶつ》見るより怒《いかり》も収り、何はさておき色合程よく仮に塗上《ぬりあげ》て、柱にもたれ安坐《あんざ》して
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