|云付《いいつけ》さするから遠慮なくお霜《しも》を使《つか》え、あれはそなたの腰元だから先刻《さっき》の様《よう》に丁寧《ていねい》に辞義なんぞせずとよい、芝屋や名所も追々に見せましょ。舞踏会《ぶとうかい》や音楽会へも少し都風《みやこふう》が分って来たら連《つれ》て行《ゆき》ましょ。書物は読《よめ》るかえ、消息往来|庭訓《ていきん》までは習ったか、アヽ嬉しいぞ好々《よしよし》、学問も良い師匠を付《つけ》てさせようと、慈愛は尽《つき》ぬ長物語り、扨《さて》こそ珠運が望み通り、此《この》女菩薩《にょぼさつ》果報めでたくなり玉いしが、さりとては結構づくめ、是は何とした者。
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第八 如是力《にょぜりき》
上 楞厳呪文《りょうごんじゅもん》の功も見えぬ愛慾《あいよく》
古風作者《こふうさくしゃ》の書《かき》そうな話し、味噌越《みそこし》提げて買物あるきせしあのお辰《たつ》が雲の上人《うえびと》岩沼《いわぬま》子爵《ししゃく》様《さま》の愛娘《まなむすめ》と聞《きい》て吉兵衛仰天し、扨《さて》こそ神も仏も御座る世じゃ、因果|覿面《てきめん》地ならしのよい所に蘿蔔《だいこ》は太りて、身持《みもち》のよい者に運の実がなる程理に叶《かなっ》た幸福と無上に有難がり嬉《うれ》しがり、一も二もなく田原の云事《いうこと》承知して、おのが勧めて婚姻さし懸《かけ》たは忘れたように何とも云わず物思わしげなる珠運《しゅうん》の腹《はら》聞《きか》ずとも知れてると万端|埒《らち》明け、貧女を令嬢といわるゝように取計《とりはから》いたる後、先日の百両|突戻《つきもど》して、吾《われ》当世の道理は知《しら》ねど此様《このよう》な気に入らぬ金受取る事|大嫌《だいきらい》なり、珠運様への百両は慥《たしか》に返したれど其人《そのひと》に礼もせぬ子爵から此《この》親爺《おやじ》が大枚《たいまい》の礼|貰《もらう》は煎豆《いりまめ》をまばらの歯で喰《く》えと云わるゝより有難迷惑、御返し申《もうし》ますと率直に云えば、否《いや》それは悪い合点《がてん》、一酷《いっこく》にそう云われずと子爵からの御志、是非|御取置《おとりおき》下され、珠運様には別に御礼を申《もうし》ますが姿の見えぬは御|立《たち》なされたか、ナニ奥の坐敷《ざしき》に。左様《さよう》なら一寸《ちょっと》と革嚢《
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