り散らして、頭を振り立てて種々の事を饒舌《しゃべ》り、終に酒に酔って管《くだ》を巻き大気焔を吐き、挙句には小文吾が辞退して取らぬ謝礼の十|貫文《かんもん》を独り合点で受け取って、いささか膂力のあるのを自慢に酔に乗じてその重いのを担ぎ出し、月夜に酔が醒め身が疲れて終に難にあうというのですが、いかにも下らない人間の下らなさ加減がさも有りそうに書けております。これは馬琴が人々の胸中から取り出し来った人物ではありません。けだし当時の実社会に生存して居たものを取り来ってその材料に使ったのであります。というものは、この磯九郎のような人間、――勿論すっかり同じであるというのではありませんが、殆どこの磯九郎のような人間は、常に当時の実社会と密接せんことを望みつつ著述に従事したところの式亭三馬の、その写実的の筆に酔客の馬鹿げた一痴態として上《のぼ》って居るのを見ても分ることで、そしてまた今日といえども実際私どもの目撃して居る人物中に、磯九郎如きものを見出すことの難《かた》くないことに徴《ちょう》しても明らかであります。ただ馬琴はかような人間を端役として使い、三馬やなぞは端役とせずに使うの差があるまでです
前へ
次へ
全18ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング