れにも差し掛りたる態なる上、生みの子の愛に迷ひ入りたる頑凶《かたくな》の老婆《ばゞ》に責められて朝夕を経る胸の中、父上|御坐《おは》さば母在らばと、親を慕ひて血を絞る涙に暮るゝ時もある体《てい》、親の心の迷はずてやは、打捨て置かば女は必ず彼方此方の悲さに身を淵河にも沈めやせん、然無くも逼る憂さ辛さに終には病みて倒れやせん、御仏の道に入りたれば名の上の縁《えにし》は絶えたれど、血の聯続《つらなり》は絶えぬ間《なか》、親なり、子なり、脈絡《すぢ》は牽《ひ》く、忘るゝ暇もあらばこそ、昼は心を澄まして御仏に事《つか》へまつれど、夜の夢は女《むすめ》のことならぬ折も無し、若し其儘に擱《さしお》いて哀しき終を余所※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]しく見ねばならずと定まらば、仏に仕ふる自分《みづから》は禽にも獣にも慚しや、たとへば来ん世には金《こがね》の光を身より放つとも嬉しからじ、思へば御仏に事ふるは本は身を助からんの心のみにて、子にも妻にもいと酷き鬼のやうなることなりけり、爽快《いさぎよき》には似たれども自己《おのれ》一人を蓮葉《はちすば》の清きに置かん其為に、人の憂き
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