る雲の、指して言ふべき自性も無きに、まして夏の日の峯と峙《そばだ》ち秋の夕の鱗とつらなり、或《ある》は蝶と飛び猪《ゐのこ》と奔りて緩くも急《はや》くも空行くが、おのれから為す業ならばこそ、皆風のさすことなるを何取り出でゝ憎むに足るべき、夫|尺蠖《せきくわく》は伸びて而も還《また》屈《かゞ》み、車輪は仰いで而も亦|低《た》る、射る弓の力窮まり尽くれば、飛ぶ矢の勢変り易《かは》りて、空向ける鏃も地に立つに至らんとす、此故に欲界の六天、天高けれども報尽きては宝殿|忽地《たちまち》に崩れ、魔王の十善、善|大《おほい》なればとて果《くわ》窮まれば業苦早くも逼る、人間五十年の石火の如くなるのみならず天上幾万歳も電光に等しかるべし、御怨恨《おんうらみ》も復《かへ》し玉ふべからむ、御忿恚《おんいきどほり》も晴らさせ玉ふべからん、さて其暁は如何にして御坐《おは》さんとか思す、一旦出離の道には入らせたまひたれど断縛の劒を手にし玉はず、流転の途は厭はせられたりしも人我《にんが》の空をば肯《うけが》ひは為玉はざりしや、何とて幺微《いさゝか》の御事に忌はしくも自ら躓かせたまひて、法《のり》の便りの牛車を棄て、罪
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