りて、

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からからとからき浮世《うきよ》の塩釜《しおがま》で
   せんじつめたりふところの中
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 はらの町にて、

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宮城野《みやぎの》の萩《はぎ》の餅《もち》さえくえぬ身の
   はらのへるのを何と仙台
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 二十日、朝、曇《くも》り。午前九時知る人をたずねしに、言葉の聞きちがえにて、いと知れにくかりければ、

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いそがずはまちがえまじを旅人の
   あとよりわかる路次のむだ道
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 二十一日、この日もまた我が得べき筋の金を得ず、今しばらく待ちてよとの事に逗留《とうりゅう》と決しける。
 二十二日、同じく閑窓《かんそう》読書の他なし。
 二十三日、同じく。
 二十四日、同じく。
 二十五日、朝、基督《キリスト》教会堂に行きて説教をきく。仏教もこの教も人の口より聞けば有難《ありがた》からずと思いぬ。
 二十六日、いかがなしけん頭痛|烈《はげ》しくしていかんともしがたし。
 二十七日、同じく頭痛す。
 二十八日、少許《すこし》の金と福島までの馬車券とを得ければ、因循《いんじゅん》日を費さんよりは苦しくとも出発せんと馬車にて仙台を立ち、日なお暮れざるに福島に着きぬ。途中白石の町は往時《むかし》民家の二階立てを禁じありしとかにて、うち見たるところ今なお巍然《ぎぜん》たる家無し。片倉小十郎は面白き制を布《し》きしものかな。福島にて問い質《ただ》すに、郡山より東京までは鉄路|既《すで》に通じて汽車の往復ある由《よし》なり。その乗券の価を問うにほとんど嚢中有るところと相同じければ、今宵《こよい》この地に宿りて汽車賃を食い込み、明日また歩み明後日また歩み、いつまでも順送りに汽車へ乗れぬ身とならんよりは、苦しくとも夜を罩《こ》めて郡山まで歩み、明日の朝一番にて東京に到らん方極めて妙《みょう》なり、身には邪熱《じゃねつ》あり足はなお痛めど、夜行をとらでは以後の苦みいよいよもって大ならむと、ついに草鞋穿《わらじば》きとなりて歩み出しぬ。二本松に至れば、はや夜半ちかくして、市は祭礼のよしにて賑やかなれど、我が心の淋《さび》しさ云うばかりなし。市を出はずるる頃より月明らかに前途《ゆくて》を照しくるれど、同伴者《つれ》も無くてただ一人、町にて買いたる
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