くする中、さしもの雷雨もいささか勢弱りければ、夜に入らぬ中にとてまた車を駛《は》せ、秩父橋といえるをわたる。例の荒川にわたしたるなれば、その大なるはいうまでもなく、いといかめしき鉄の橋にて、打見たるところ東京なる吾妻《あずま》橋によく似かよいたる節あり。同じ人の作りたるなりというも、まことにさもあるべしとうけがわる。ほどなく大宮につきて、関根屋というに宿かれば、雨もまたようやく止みて、雲のたえだえに夕の山々黒々と眼近くあらわれたり。ここは秩父第一の町なれば、家数も少からず軒なみもあしからねど、夏ながら夜の賑《にぎ》わしからで、燈の光の多く見えず、物売る店々も門の戸を早く鎖《とざ》したるが多きなど、一つは強き雨の後なればにもあるべけれど、さすがに田舎びたりというべし。この日さのみ歩みしというにはあらねど、暑かりしこととていたく疲れたるに、腹さえいささか痛む心地《ここち》すれば、酒も得飲まで睡《ねむ》りにつく。
 八日、朝餉《あさげ》を終えて立出で、まず妙見尊の宮に詣ず。宮居は町の大通りを南へ行きて左手にあり。これぞというべきことはなけれど樹立《こだち》老いて広前もゆたかに、その名高きほど
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