ありさまを見せている。
 細君は焜炉《しちりん》を煽《あお》いだり、庖丁《ほうちょう》の音をさせたり、忙《いそ》がしげに台所をゴトツカせている。主人が跣足《はだし》になって働いているというのだから細君が奥様然《おくさまぜん》と済《すま》してはおられぬはずで、こういう家の主人《あるじ》というものは、俗にいう罰《ばち》も利生《りしょう》もある人であるによって、人の妻たるだけの任務は厳格に果すように馴《な》らされているのらしい。
 下女は下女で碓《うす》のような尻を振立《ふりた》てて縁側《えんがわ》を雑巾《ぞうきん》がけしている。
 まず賤《いや》しからず貴《とうと》からず暮《く》らす家の夏の夕暮れの状態としては、生き生きとして活気のある、よい家庭である。
 主人は打水を了《お》えて後満足げに庭の面を見わたしたが、やがて足を洗って下駄《げた》をはくかとおもうとすぐに下女を呼《よ》んで、手拭《てぬぐい》、石鹸《シャボン》、湯銭等を取り来らしめて湯へいってしまった。返って来ればチャンと膳立《ぜんだ》てが出来ているというのが、毎日毎日版に摺《す》ったように定《き》まっている寸法と見える。
 やがて
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