ふ奇品に面した眼福を喜び謝したりして帰つた。そしてまた舟を出して自分の旅路に上つてしまつた。
 それから半歳余り経《たつ》た頃、また周丹泉が唐太常をおとづれた。そして丹泉は意気安閑として、過ぐる日の礼を述べた後、「御秘蔵のと同じやうな白定鼎をそれがしも手に入れました」と云つた。唐太常は吃驚した。天下一品と誇つてゐたものが他所にも有つたといふのだからである。で、「それならば其品を視せて下さい」といふと、丹泉は携へて来てゐたのであるから、異議なく視せた。唐は手に取つて視ると、大きさから、重さから、骨質から、釉色《いうしよく》の工合から、全く吾が家のものと寸分|達《たが》はなかつた。そこで早速自分の所有のを出して見競べて視ると、兄弟が※[#「戀」の「心」に代えて「子」、第4水準2−5−91]生《ふたご》か、いづれをいづれとも言ひかねるほど同じものであつた。自分のの蓋を丹泉の鼎に合せて見ると、しつくりと合する。台座を合せて見ても、又それが為に造つたもののやうにぴたりと合ふ。愈※[#二の字点、1−2−22]驚いた太常は溜息を吐かぬばかりになつて、「して君の此の定鼎は何様いふところからの伝来である」と問うた。すると丹泉は莞爾《につこ》と笑つて、「此の鼎は実は貴家から出たのでござりまする。嘗て貴堂に於て貴鼎を拝見しました時、拙者は其の大小軽重|形貌《けいばう》精神、一切を挙げて拙者の胸中に了※[#二の字点、1−2−22]と会得しました。そこで実は倣《なら》つて之を造りましたので、有り体に申します、貴台を欺くやうなことは致しませぬ」と云つた。丹泉は元来|毎※[#二の字点、1−2−22]《つね/″\》江西の景徳鎮《けいとくちん》へ行つては、古代の窯器の佳品の模製を良工に指図しては作らせて、そして所謂掘出し好きや、比較的低い銭で高い物を買はうとする慾張りや、訳も分らぬ癖に金銭づくで貴い物を得ようとする耳食者流の目をまはさせて居たもので、其の製作は款紋色沢、すべて咄※[#二の字点、1−2−22]として真に逼つたものであつたのである。恐ろしい人も有つたもので、明の頃に既に斯様いふ人が有つたのであるから、今日でも此人の造らせた模品が北定窯だの何だのと云つて何処かの家に什襲珍蔵されて居ぬとは限るまい。扨、周の談を聞いて太常は又今頃に歎服した。で、「それならば此の新鼎は自分に御譲りを願ふ、真品と共に秘蔵して永く副品としますから」といふので、四十金を贈つたといふことである。無論丹泉は其後復同じ品を造りはしなかつたので有らう。
 此談だけでも可なり骨董好きは教へられるところが有らうが、談はまだ続くのである。それから年月を経て、万暦の末年頃、淮安《わいあん》に杜九如《ときうじよ》といふものが有つた。これは商人で、大身上で、素敵な物を買出すので名を得てゐた。千金を惜まずして奇玩を是れ購ふので、董元宰《たうげんさい》の旧蔵の漢玉章、劉海日の旧蔵の商金鼎なんといふものも、皆杜九如の手に落ちた位である。此の杜九如が唐太常の家に在る定鼎の噂を聞いて居て、かね/″\何様かして手に入れたいものだと覗つてゐた。太常の家は孫の代になつて、君兪《くんゆ》といふものが当主であつた。君兪は名家に生れて、気位も高く、且つ豪華で交際を好む人であつたので、九如は大金を齎らして君兪の為に寿を為し、是非とも何様か名高い定鼎を拝見して、生平の渇望を慰したいと申出した。君兪は金で面を撲《は》るやうな九如を余り好みもせず、且つ自分の家柄からして下眼に視たことでゞも有らう、ウン御覧に入れませうと云つて半分冗談に、真鼎は深蔵したまゝ、彼の周丹泉が倣造した副の方の贋鼎《がんてい》を出して視せた。贋鼎だつて、最初真鼎の持主の凝菴が歎服した位のものでは有り、まして真鼎を目にしたことは無い九如であるから、贋物と悟らうやうは無い、すつかり其の高雅妙巧の威に撲たれて終つて、堪らない佳い物だと思ひ込んで惚れ/″\した。そこで無理やりに千金を押付て、別に二百金を中間に立つて取做して呉れる人に酬ひ、そして贋鼎を豪奪するやうにして去つた。巧偸豪奪といふ語は、宋の頃から既に数※[#二の字点、1−2−22]《しば/\》見える語で、骨董好きの人※[#二の字点、1−2−22]には豪奪といふことも自然と起らざるを得ぬことである。マアそれも恕すべきこととすれば恕すべきことである。
 然し君兪の方では困ることであつた。何故と云へば持つて行かれたのが真物では無いからである。君兪は最初は気位の高いところから、町人の腹ッぷくれなんぞ何だといふ位のことで贋物を真顔で視せたのであるが、元来が人の悪い人でも何でも無く温厚の人なので、欺いたやうになつたまゝ済ませて置くことは出来ぬと思つた。そこで門下の士を遣つて、九如に告げさせた。「君が取つて行つたもの
前へ 次へ
全11ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング