に返すか慮外なり、何ほど自己《おのれ》が手腕《うで》のよくて他《ひと》の好情《なさけ》を無にするか、そもそも最初に汝《おのれ》めがわが対岸《むこう》へ廻わりし時にも腹は立ちしが、じっと堪《こら》えて争わず、普通大体《なみたいてい》のものならばわが庇蔭《かげ》被《き》たる身をもって一つ仕事に手を入るるか、打ち擲《たた》いても飽かぬ奴と、怒って怒ってどうにもすべきを、可愛《かわゆ》きものにおもえばこそ一言半句の厭味も云わず、ただただ自然の成行きに任せおきしを忘れしか、上人様のお諭しを受けての後も分別に分別|渇《か》らしてわざわざ出かけ、汝のために相談をかけてやりしも勝手の意地張り、大体ならぬものとても堪忍《がまん》なるべきところならぬを、よくよく汝をいとしがればぞ踏み耐《こた》えたるとも知らざるか、汝が運のよきのみにて汝が手腕《うで》のよきのみにて汝が心の正直のみにて、上人様より今度の工事《しごと》命《いいつ》けられしと思い居るか、此品《これ》をばやってこの源太が恩がましくでも思うと思うか、乃至《ないし》はもはや慢気の萌《きざ》して頭《てん》からなんのつまらぬものと人の絵図をも易く思うか、取らぬとあるに強いはせじ、あまりといえば人情なき奴、ああありがとうござりますると喜び受けてこの中《うち》の仕様を一所二所《ひととこふたとこ》は用いし上に、あの箇所はお蔭でうもう行きましたと後で挨拶《あいさつ》するほどのことはあっても当然なるに、開《あ》けて見もせず覗《のぞ》きもせず、知れきったると云わぬばかりに愛想も菅《すげ》もなく要らぬとは、汝十兵衛よくも撥《は》ねたの、この源太がした図の中に汝の知ったもののみあろうや、汝《うぬ》らが工風の輪の外に源太が跳《おど》り出ずにあろうか、見るに足らぬとそちで思わば汝《おのれ》が手筋も知れてある、大方高の知れた塔建たぬ前から眼に暎《うつ》って気の毒ながら批難《なん》もある、もう堪忍の緒も断《き》れたり、卑劣《きたな》い返報《かえし》はすまいなれど源太が烈《はげ》しい意趣|返報《がえし》は、する時なさでおくべきか、酸くなるほどに今までは口もきいたがもうきかぬ、一旦思い捨つる上は口きくほどの未練ももたぬ、三年なりとも十年なりとも返報《しかえし》するに充分なことのあるまで、物蔭から眼を光らして睨みつめ無言でじっと待っててくりょうと、気性が違えば思わくも一二度ついに三度めで無残至極に齟齬《くいちが》い、いと物静かに言葉を低めて、十兵衛殿、と殿の字を急につけ出し叮嚀《ていねい》に、要らぬという図はしまいましょ、汝《そなた》一人で建つる塔定めて立派にできようが、地震か風のあろう時|壊《こわ》るることはあるまいな、と軽くは云えど深く嘲ける語《ことば》に十兵衛も快よからず、のっそりでも恥辱《はじ》は知っております、と底力味ある楔《くさび》を打てば、なかなか見事な一言じゃ、忘れぬように記臆《おぼ》えていようと、釘《くぎ》をさしつつ恐ろしく睥《にら》みて後は物云わず、やがてたちまち立ち上って、ああとんでもないことを忘れた、十兵衛殿ゆるりと遊んでいてくれ、我は帰らねばならぬこと思い出した、と風のごとくにその座を去り、あれという間に推量勘定、幾金《いくら》か遺してふいと出つ、すぐその足で同じ町のある家が閾《しきい》またぐや否、厭だ厭だ、厭だ厭だ、つまらぬくだらぬ馬鹿馬鹿しい、ぐずぐずせずと酒もて来い、蝋燭《ろうそく》いじってそれが食えるか、鈍痴《どじ》め肴《さかな》で酒が飲めるか、小兼《こかね》春吉《はるきち》お房《ふさ》蝶子《ちょうこ》四の五の云わせず掴んで来い、臑《すね》の達者な若い衆頼も、我家《うち》へ行て清、仙、鉄、政、誰でも彼でもすぐに遊びによこすよう、という片手間にぐいぐい仰飲《あお》る間もなく入り来る女どもに、今晩なぞとは手ぬるいぞ、とまっ向から焦躁《じれ》を吹っかけて、飲め、酒は車懸《くるまがか》り、猪口《ちょく》は巴と廻せ廻せ、お房|外見《みえ》をするな、春婆大人ぶるな、ええお蝶めそれでも血が循環《めぐ》って居るのか頭上《あたま》に鼬花火《いたちはなび》載せて火をつくるぞ、さあ歌え、じゃんじゃんとやれ、小兼め気持のいい声を出す、あぐり踊るか、かぐりもっと跳《は》ねろ、やあ清吉来たか鉄も来たか、なんでもいい滅茶滅茶に騒げ、我に嬉しいことがあるのだ、無礼講にやれやれ、と大将無法の元気なれば、後れて来たる仙も政も煙《けぶ》に巻かれて浮かれたち、天井抜きょうが根太抜きょうが抜けたら此方《こち》のお手のものと、飛ぶやら舞うやら唸《うな》るやら、潮来出島《いたこでじま》もしおらしからず、甚句に鬨《とき》の声を湧かし、かっぽれに滑《すべ》って転倒《ころ》び、手品《てずま》の太鼓を杯洗で鉄がたたけば、清吉はお房が傍に寝転んで銀釵《かんざし》にお前そのよに酢ばかり飲んでを稽古する馬鹿騒ぎの中で、一了簡あり顔の政が木遣《きやり》を丸めたような声しながら、北に峨々《がが》たる青山《せいざん》をと異《おつ》なことを吐き出す勝手|三昧《ざんまい》、やっちゃもっちゃの末は拳《けん》も下卑て、乳房《ちち》の脹《ふく》れた奴が臍の下に紙幕張るほどになれば、さあもうここは切り上げてと源太が一言、それから先はどこへやら。

     其二十三

 蒼※[#「顫のへん+鳥」、第3水準1−94−72]《たか》の飛ぶ時よそ視《み》はなさず、鶴なら鶴の一点張りに雲をも穿《うが》ち風にも逆《むか》って目ざす獲物の、咽喉仏《のどぼとけ》把攫《ひっつか》までは合点せざるものなり。十兵衛いよいよ五重塔の工事《しごと》するに定まってより寝ても起きてもそれ三昧《ざんまい》、朝の飯|喫《く》うにも心の中では塔を噬《か》み、夜の夢結ぶにも魂魄《たましい》は九輪の頂を繞《めぐ》るほどなれば、まして仕事にかかっては妻あることも忘れ果て児《こ》のあることも忘れ果て、昨日《きのう》の我を念頭に浮べもせず明日《あす》の我を想いもなさず、ただ一[#(ト)]釿《ちょうな》ふりあげて木を伐《き》るときは満身の力をそれに籠《こ》め、一枚の図をひく時には一心の誠をそれに注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏《とり》歌い権兵衛が家に吉慶《よろこび》あれば木工右衛門《もくえもん》がところに悲哀《かなしみ》ある俗世に在《あ》りもすれ、精神《こころ》は紛たる因縁に奪《と》られで必死とばかり勤め励めば、前《さき》の夜源太に面白からず思われしことの気にかからぬにはあらざれど、日ごろののっそりますます長じて、はやいずくにか風吹きたりしぐらいに自然軽う取り做《な》し、やがてはとんと打ち忘れ、ただただ仕事にのみかかりしは愚かなるだけ情に鈍くて、一条道《ひとすじみち》より外へは駈《か》けぬ老牛《おいうし》の痴に似たりけり。
 金箔《きんぱく》銀箔|瑠璃《るり》真珠|水精《すいしょう》以上合わせて五宝、丁子《ちょうじ》沈香《じんこう》白膠《はくきょう》薫陸《くんろく》白檀《びゃくだん》以上合わせて五香、そのほか五薬五穀まで備えて大土祖神《おおつちみおやのかみ》埴山彦神《はにやまひこのかみ》埴山媛神《はにやまひめのかみ》あらゆる鎮護の神々を祭る地鎮の式もすみ、地曳《じび》き土取り故障なく、さて竜伏《いしずえ》はその月の生気の方より右旋《みぎめぐ》りに次第|据《す》え行き五星を祭り、釿初《ちょうなはじ》めの大礼には鍛冶《かじ》の道をば創《はじ》められし天《あま》の目《ま》一箇《ひとつ》の命《みこと》、番匠の道|闢《ひら》かれし手置帆負《ておきほおい》の命《みこと》彦狭知《ひこさち》の命《みこと》より思兼《おもいかね》の命《みこと》天児屋根《あまつこやね》の命《みこと》太玉《ふとだま》の命《みこと》、木の神という句々廼馳《くくのち》の神《かみ》まで七神祭りて、その次の清鉋《きよがんな》の礼も首尾よく済み、東方提頭頼※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]持国天王《とうほうたいとらだじごくてんおう》、西方尾※[#「口+魯」、第4水準2−4−45]叉広目天王《さいほうびろしゃこうもくてんおう》、南方毘留勒叉増長天《なんぽうびるろしゃぞうちょうてん》、北方毘沙門多聞天王《ほっぽうびしゃもんたもんてんおう》、四天にかたどる四方の柱千年万年|動《ゆる》ぐなと祈り定むる柱立式《はしらだて》、天星色星多願《てんせいしきせいたがん》の玉女《ぎょくじょ》三神、貪狼巨門《たんろうきょもん》等北斗の七星を祭りて願う永久安護、順に柱の仮轄《かりくさび》を三ッずつ打って脇司《わきつかさ》に打ち緊《し》めさする十兵衛は、幾干《いくそ》の苦心もここまで運べば垢穢《きたなき》顔《かお》にも光の出るほど喜悦《よろこび》に気の勇み立ち、動きなき下津盤根《しもついわね》の太柱と式にて唱うる古歌さえも、何とはなしにつくづく嬉しく、身を立つる世のためしぞとその下の句を吟ずるにも莞爾《にこにこ》しつつ二たびし、壇に向うて礼拝|恭《つつし》み、拍手《かしわで》の音清く響かし一切成就の祓《はらい》を終るここの光景《さま》には引きかえて、源太が家の物淋《ものさび》しさ。
 主人《あるじ》は男の心強く思いを外には現わさねど、お吉は何ほどさばけたりとてさすが女の胸小さく、出入るものに感応寺の塔の地曳きの今日済みたり柱立式昨日済みしと聞くたびごとに忌々《いまいま》しく、嫉妬の火炎《ほむら》衝《つ》き上がりて、汝《おのれ》十兵衛恩知らずめ、良人《うち》の心の広いのをよいことにしてつけ上り、うまうま名を揚げ身を立つるか、よし名の揚《あが》り身の立たばさしずめ礼にも来べきはずを、知らぬ顔して鼻高々とその日その日を送りくさるか、あまりに性質《ひと》のよ過ぎたる良人も良人なら面憎きのっそりめもまたのっそりめと、折にふれては八重縦横に癇癪《かんしゃく》の虫|跳《は》ね廻らし、自己《おの》が小鬢《こびん》の後れ毛上げても、ええ焦《じ》れったいと罪のなき髪を掻《か》きむしり、一文|貰《もら》いに乞食が来ても甲張り声に酷《むご》く謝絶《ことわ》りなどしけるが、ある日源太が不在《るす》のところへ心易き医者|道益《どうえき》という饒舌《おしゃべり》坊主遊びに来たりて、四方八方《よもやま》の話の末、ある人に連れられてこのあいだ蓬莱屋へまいりましたが、お伝という女からききました一分始終、いやどうも此方《こち》の棟梁は違ったもの、えらいもの、男児《おとこ》はそうありたいと感服いたしました、とお世辞半分何の気なしに云い出でし詞《ことば》を、手繰《たぐ》ってその夜の仔細《しさい》をきけば、知らずにいてさえ口惜しきに知っては重々憎き十兵衛、お吉いよいよ腹を立ちぬ。

     其二十四

 清吉|汝《そなた》は腑甲斐《ふがい》ない、意地も察しもない男、なぜ私には打ち明けてこないだの夜の始末をば今まで話してくれなかった、私に聞かして気の毒と異《おつ》に遠慮をしたものか、あまりといえば狭隘《けち》な根性、よしや仔細を聴いたとてまさか私が狼狽《うろた》えまわり動転するようなことはせぬに、女と軽《かろ》しめて何事も知らせずにおき隠し立てしておく良人《うちのひと》の了簡はともかくも、汝たちまで私を聾《つんぼ》に盲目《めくら》にして済まして居るとはあまりな仕打ち、また親方の腹の中がみすみす知れていながらに平気の平左で酒に浮かれ、女郎買いの供するばかりが男の能でもあるまいに、長閑気《のんき》でこうして遊びに来るとは、清吉|汝《おまえ》もおめでたいの、平生《いつも》は不在《るす》でも飲ませるところだが今日は私は関《かま》えない、海苔《のり》一枚焼いてやるも厭ならくだらぬ世間咄《せけんばな》しの相手するも虫が嫌う、飲みたくば勝手に台所へ行って呑《の》み口ひねりや、談話《はなし》がしたくば猫《ねこ》でも相手にするがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然《ふと》行き合わせてさんざんにお吉が不機嫌を浴びせかけられ、わけもわからず驚きあきれて、へどもどなしつつだんだんと様子を問えば、自己《おのれ》も知らずに今の今
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