構えたる風姿《ようだい》といい面貌《きりょう》といい水際立ったる男振り、万人が万人とも好かずには居られまじき天晴《あっぱ》れ小気味のよき好漢《おとこ》なり。
 されども世俗の見解《けんげ》には堕《お》ちぬ心の明鏡に照らしてかれこれともに愛し、表面《うわべ》の美醜に露|泥《なず》まれざる上人のかえっていずれをとも昨日までは択《えら》びかねられしが、思いつかるることのありてか今日はわざわざ二人を招び出されて一室に待たせおかれしが、今しも静々居間を出でられ、畳踏まるる足も軽《かろ》く、先に立ったる小僧が襖明くる後より、すっと入りて座につきたまえば、二人は恭《うやま》い敬《つつし》みてともに斉《ひと》しく頭《こうべ》を下げ、しばらく上げも得せざりしが、ああいじらしや十兵衛が辛くも上げし面には、まだ世馴れざる里の子の貴人《きにん》の前に出でしように羞《はじ》を含みて紅《くれない》潮《さ》し、額の皺の幾条《いくすじ》の溝《みぞ》には沁出《にじみ》し熱汗《あせ》を湛《たた》え、鼻の頭《さき》にも珠《たま》を湧かせば腋《わき》の下には雨なるべし。膝におきたる骨太の掌指《ゆび》は枯れたる松が枝ごとき岩畳
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