り際に、出したままにして行く茶菓子とともに幾干銭《いくら》か包み込み、是非にというて取らせけるは、思えばけしからぬ布施のしようなり。円珍十兵衛が家にも詣《いた》りて同じことを演《の》べ帰りけるが、さてその翌日となれば源太は鬚剃《ひげそ》り月代《さかやき》して衣服をあらため、今日こそは上人のみずから我に御用仰せつけらるるなるべけれと勢い込んで、庫裏より通り、とある一[#(ト)]間に待たされて坐《ざ》を正しくし扣《ひか》えける。
 態《さま》こそ異《かわ》れ十兵衛も心は同じ張りをもち、導かるるまま打ち通りて、人気のなきに寒さ湧《わ》く一室《ひとま》の中《うち》にただ一人|兀然《つくねん》として、今や上人の招《よ》びたまうか、五重の塔の工事一切|汝《そなた》に任すと命令《いいつけ》たまうか、もしまた我には命じたまわず源太に任すと定《き》めたまいしを我にことわるため招ばれしか、そうにもあらば何とせん、浮むよしなき埋れ木のわが身の末に花咲かん頼みも永くなくなるべし、ただ願わくは上人のわが愚かしきを憐《あわ》れみて我に命令たまわんことをと、九尺二枚の唐襖《からかみ》に金鳳銀凰《きんほうぎんおう》翔
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