ことでもしはしませぬか、と心配そうに尋ぬるもおかしく、まあ何でも好いわ、飯でも食って仕事に行きやれ、と和《やさ》しく云われてますます畏《おそ》れ、恍然《うっとり》として腕を組みしきりに考え込む風情《ふぜい》、正直なるが可愛らし。
 清吉を出しやりたる後、源太はなおも考えにひとり沈みて日ごろの快活《さっぱり》とした調子に似もやらず、ろくろくお吉に口さえきかで思案に思案を凝らせしが、ああわかったと独《ひと》り言《ごと》するかと思えば、愍然《ふびん》なと溜息つき、ええ抛《な》げようかと云うかとおもえば、どうしてくりょうと腹立つ様子を傍にてお吉の見る辛さ、問い慰めんと口を出《いだ》せば黙っていよとやりこめられ、詮方《せんかた》なさに胸の中にて空しく心をいたむるばかり。源太はそれらに関《かま》いもせず夕暮方まで考え考え、ようやく思い定めやしけんつと身を起して衣服をあらため、感応寺に行き上人に見《まみ》えて昨夜の始終をば隠すことなく物語りし末、一旦は私もあまりわからぬ十兵衛の答えに腹を立てしものの帰ってよくよく考うれば、たとえば私一人して立派に塔は建つるにせよ、それではせっかくお諭《さと》しを受けた甲斐なく源太がまた我欲にばかり強いようで男児《おとこ》らしゅうもない話し、というて十兵衛は十兵衛の思わくを滅多に捨てはすまじき様子、あれも全く自己《おのれ》を押えて譲れば源太も自己を押えてあれに仕事をさせ下されと譲らねばならぬ義理人情、いろいろ愚かな考えを使ってようやく案じ出したことにも十兵衛が乗らねば仕方なく、それを怒っても恨んでも是非のないわけ、はやこの上には変った分別も私には出ませぬ、ただ願うはお上人様、たとえば十兵衛一人に仰せつけられますればとて私かならず何とも思いますまいほどに、十兵衛になり私になり二人ともどもになりどうとも仰せつけられて下さりませ、御口ずからのことなれば十兵衛も私も互いに争う心は捨てておりまするほどに露さら故障はござりませぬ、我ら二人の相談には余って願いにまいりました、と実意を面に現わしつつ願えば上人ほくほく笑われ、そうじゃろそうじゃろ、さすがに汝《そなた》も見上げた男じゃ、よいよい、その心がけ一つでもう生雲塔見事に建てたより立派に汝はなっておる、十兵衛も先刻《さっき》に来て同じことを云うて帰ったわ、あれも可愛い男ではないか、のう源太、可愛がってやれ可愛が
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