》の獅顔火鉢《しかみひばち》を盗《と》り出さんとして朋友《ともだち》の仙の野郎が大失策《おおしくじり》をした話、五十間で地廻りを擲《なぐ》ったことなど、縁に引かれ図に乗ってそれからそれへと饒舌《しゃべ》り散らすうち、ふとのっそりの噂に火が飛べば、とろりとなりし眼を急に見張って、ぐにゃりとしていし肩を聳《そば》だて、冷とうなった飲みかけの酒を異《おか》しく唇まげながら吸い干し、一体あんな馬鹿野郎を親方の可愛がるというが私《わっち》には頭《てん》からわかりませぬ、仕事といえば馬鹿丁寧で捗《はこ》びは一向つきはせず、柱一本|鴫居《しきい》一ツで嘘をいえば鉋《かんな》を三度も礪《と》ぐような緩慢《のろま》な奴、何を一ツ頼んでも間に合った例《ためし》がなく、赤松の炉縁《ろぶち》一ツに三日の手間を取るというのは、多方ああいう手合だろうと仙が笑ったも無理はありませぬ、それを親方が贔屓《ひいき》にしたので一時は正直のところ、済みませんが私も金《きん》も仙も六も、あんまり親方の腹が大きすぎてそれほどでもないものを買い込み過ぎて居るではないか、念入りばかりで気に入るなら我《おれ》たちもこれから羽目板にも仕上げ鉋《がんな》、のろりのろりとしたたか清めて碁盤肌《ごばんはだ》にでも削ろうかと僻《ひが》みを云ったこともありました、第一あいつは交際《つきあい》知らずで女郎買い一度一所にせず、好闘鶏鍋《しゃもなべ》つつき合ったこともない唐偏朴《とうへんぼく》、いつか大師《だいし》へ一同《みんな》が行く時も、まあ親方の身辺《まわり》について居るものを一人ばかり仲間はずれにするでもないと私が親切に誘ってやったに、我は貧乏で行かれないと云ったきりの挨拶《あいさつ》は、なんと愛想も義理も知らな過ぎるではありませんか、銭がなければ女房《かか》の一枚着を曲げ込んでも交際は交際で立てるが朋友《ともだち》ずく、それもわからない白痴《たわけ》の癖に段々親方の恩を被《き》て、私や金と同じことに今ではどうか一人立ち、しかも憚《はばか》りながら青《あお》っ涕《ぱな》垂《た》らして弁当箱の持運び、木片《こっぱ》を担いでひょろひょろ帰る餓鬼《がき》のころから親方の手についていた私や仙とは違って奴は渡り者、次第を云えば私らより一倍深く親方をありがたい忝《かたじけ》ないと思っていなけりゃならぬはず、親方、姉御、私は悲しくなって来
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