、親方様ともろともに肩を並べて世に称《うた》わるれば、汝の苦労の甲斐も立ち親方様のありがたいお芳志《こころざし》も知るる道理、妾もどのように嬉しかろか喜ばしかろか、もしそうなれば不足というは薬にしたくもないはずなるに、汝は天魔に魅《みい》られてそれをまだまだ不足じゃとおもわるるのか、ああ情ない、妾が云わずと知れている汝自身の身のほどを、身の分際を忘れてか、と泣き声になり掻き口説く女房の頭《こうべ》は低く垂れて、髷《まげ》にさされし縫針の孔《めど》が啣《くわ》えし一条《ひとすじ》の糸ゆらゆらと振うにも、千々に砕くる心の態《さま》の知られていとどいじらしきに、眼を瞑《ふさ》ぎいし十兵衛は、その時例の濁声《だみごえ》出し、喧《やかま》しいわお浪、黙っていよ、我《おれ》の話しの邪魔になる、親方様聞いて下され。

     其十五

 思いの中《うち》に激すればや、じたじたと慄《ふる》い出す膝《ひざ》の頭《かしら》をしっかと寄せ合わせて、その上に両手《もろて》突っ張り、身を固くして十兵衛は、情ない親方様、二人でしょうとは情ない、十兵衛に半分仕事を譲って下さりょうとはお慈悲のようで情ない、厭でござります、厭でござります、塔の建てたいは山々でももう十兵衛は断念《あきら》めておりまする、お上人様のお諭しを聞いてからの帰り道すっぱり思いあきらめました、身のほどにもない考えを持ったが間違い、ああ私が馬鹿でござりました、のっそりはどこまでものっそりで馬鹿にさえなって居ればそれでよいわけ、溝板《どぶいた》でもたたいて一生を終りましょう、親方様|堪忍《かに》して下され我《わたし》が悪い、塔を建ちょうとはもう申しませぬ、見ず知らずの他の人ではなし御恩になった親方様の、一人で立派に建てらるるをよそながら視て喜びましょう、と元気なげに云い出づるを走り気の源太ゆるりとは聴いていず、ずいと身を進めて、馬鹿を云え十兵衛、あまり道理が分らな過ぎる、上人様のお諭しは汝《きさま》一人に聴けというてなされたではない我《おれ》が耳にも入れられたは、汝の腹でも聞いたらば我の胸でも受け取った、汝一人に重石《おもし》を背負《しょ》ってそう沈まれてしもうては源太が男になれるかやい、つまらぬ思案に身を退《ひ》いて馬鹿にさえなって居ればよいとは、分別が摯実《くすみ》過ぎて至当《もっとも》とは云われまいぞ、おおそうならば我がす
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