あらうが、まあ厭でもあらうが源太が頼む、聴ては呉れまいか、頼む/\、頼むのぢや、黙つて居るのは聴て呉れぬか、お浪さんも我《わし》の云ふことの了つたなら何卒口を副て聴て貰つては下さらぬか、と脆くも涙になりゐる女房にまで頼めば、お、お、親方様、ゑゝありがたうござりまする、何所に此様な御親切の相談かけて下さる方のまた有らうか、何故御礼をば云はれぬか、と左の袖は露時雨、涙に重くなしながら、夫の膝を右の手で揺り動しつ掻口説けど、先刻より無言の仏となりし十兵衞何とも猶言はず、再度三度かきくどけど黙※[#二の字点、1−2−22]《むつくり》として猶言はざりしが、やがて垂れたる首《かうべ》を擡げ、何《どう》も十兵衞それは厭でござりまする、と無愛想に放つ一言、吐胸をついて驚く女房。なんと、と一声烈しく鋭く、頸首《くびぼね》反《そ》らす一二寸、眼に角たてゝのつそりを驀向《まつかう》よりして瞰下す源太。
其十四
人情の花も失《なく》さず義理の幹も確然《しつかり》立てゝ、普通《なみ》のものには出来ざるべき親切の相談を、一方ならぬ実意《じつ》の有ればこそ源太の懸けて呉れしに、如何に伐つて抛げ
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