枕の方につい坐つて、呼吸さへせぬやう此もまた静まりかへり居る淋しさ。却つて遠くに売りあるく鍋焼饂飩の呼び声の、幽に外方《そと》より家《や》の中に浸みこみ来るほどなりけり。
源太はいよ/\気を静め、語気なだらかに説き出すは、まあ遠慮もなく外見《みえ》もつくらず我の方から打明けやうが、何と十兵衞斯しては呉れぬか、折角汝も望をかけ天晴名誉の仕事をして持つたる腕の光をあらはし、慾徳では無い職人の本望を見事に遂げて、末代に十兵衞といふ男が意匠《おもひつき》ぶり細工ぶり此視て知れと残さうつもりであらうが、察しも付かう我とても其は同じこと、さらに有るべき普請では無し、取り外《はぐ》つては一生にまた出逢ふことは覚束ないなれば、源太は源太で我《おれ》が意匠ぶり細工ぶりを是非遺したいは、理屈を自分のためにつけて云へば我はまあ感応寺の出入り、汝は何の縁《ゆかり》もないなり、我は先口、汝は後なり、我は頼まれて設計《つもり》まで為たに汝は頼まれはせず、他の口から云ふたらばまた我は受負ふても相応、汝が身柄《がら》では不相応と誰しも難をするであらう、だとて我が今理屈を味方にするでもない、世間を味方にするでもない、
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