》へ来ば待たして置け、と云ふ言葉さへとげ/\しく怒りを含んで立出かゝれば、気にはかゝれど何とせん方もなく、女房は送つて出したる後にて、たゞ溜息をするのみなり。

       其十三

 渋つて聞きかぬる雨戸に一[#(ト)]しほ源太は癇癪の火の手を亢《たかぶ》らせつゝ、力まかせにがち/\引き退け、十兵衞家にか、と云ひさまに突と這入れば、声色知つたるお浪早くもそれと悟つて、恩ある其人の敵《むかう》に今は立ち居る十兵衞に連添へる身の面を対《あは》すこと辛く、女気の纎弱《かよわ》くも胸を動悸《どき》つかせながら、まあ親方様、と唯一言我知らず云ひ出したる限《ぎ》り挨拶さへどぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]して急には二の句の出ざる中、煤けし紙に針の孔、油染みなんど多き行燈の小蔭に悄然《しよんぼり》と坐り込める十兵衞を見かけて源太にずつと通られ、周章て火鉢の前に請ずる機転の遅鈍《まづき》も、正直ばかりで世態《よ》を知悉《のみこま》ぬ姿なるべし。
 十兵衞は不束に一礼して重げに口を開き、明日の朝|参上《あが》らうとおもふて居りました、といへばぢろりと其顔下眼に睨み、態と泰然《おちつき》たる源太、応、左
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