の折角洗つたものに何する、馬鹿めと突然《だしぬけ》に噛つく如く罵られ、癇張声に胆を冷してハッと思へば瓦落離《ぐわらり》顛倒、手桶枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏み覆したる不体裁《ざまのな》さ。
尻餅ついて驚くところを、狐|憑《つき》め忌※[#二の字点、1−2−22]しい、と駄力ばかりは近江のお兼、顔は子供の福笑戯《ふくわらひ》に眼を付け歪めた多福面《おかめ》の如き房州出らしき下婢《おさん》の憤怒、拳を挙げて丁と打ち猿臂《ゑんぴ》を伸ばして突き飛ばせば、十兵衞[#「十兵衞」は底本では「十衞兵」]堪らず汚塵《ほこり》に塗《まみ》れ、はい/\、狐に誑《つま》まれました御免なされ、と云ひながら悪口雑言聞き捨に痛さを忍びて逃げ走り、漸く我家に帰りつけば、おゝ御帰りか、遅いので如何いふ事かと案じて居ました、まあ塵埃まぶれになつて如何《どう》なされました、と払ひにかゝるを、構ふなと一言、気の無ささうな声で打消す。其顔を覗き込む女房の真実心配さうなを見て、何か知らず無性に悲しくなつてぢつと湿《うるみ》のさしくる眼、自分で自分を叱るやうに、ゑゝと図らず声を出し、煙草を捻つて何気
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