《いづれ》にせんと上人も流石これには迷はれける。

       其八

 明日辰の刻頃までに自身当寺へ来るべし、予て其方工事仰せつけられたきむね願ひたる五重塔の儀につき、上人|直接《ぢき》に御話示《おはなし》あるべきよしなれば、衣服等失礼なきやう心得て出頭せよと、厳格《おごそか》に口上を演ぶるは弁舌自慢の圓珍とて、唐辛子をむざと嗜《たしな》み食《くら》へる祟り鼻の頭《さき》にあらはれたる滑稽納所《おどけなつしよ》。平日《ふだん》ならば南蛮和尚といへる諢名を呼びて戯談口きゝ合ふべき間なれど、本堂建立中朝夕顔を見しより自然《おのづ》と狎《な》れし馴染みも今は薄くなりたる上、使僧らしう威儀をつくろひて、人さし指中指の二本でやゝもすれば兜背形《とつぱいなり》の頭顱《あたま》の頂上《てつぺん》を掻く癖ある手をも法衣《ころも》の袖に殊勝くさく隠蔽《かく》し居るに、源太も敬ひ謹んで承知の旨を頭下つゝ答へけるが、如才なきお吉は吾夫をかゝる俗僧《づくにふ》にまで好く評《い》はせんとてか帰り際に、出したまゝにして行く茶菓子と共に幾干銭《いくら》か包み込み、是非にといふて取らせけるは、思へば怪しからぬ布施
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