概《あらまし》は忘れ卑劣《きたな》き念《おもひ》も起さず、唯只鑿をもつては能く穿《ほ》らんことを思ひ、鉋《かんな》を持つては好く削らんことを思ふ心の尊さは金にも銀にも比《たぐ》へ難きを、僅に残す便宜《よすが》も無くて徒らに北※[#「氓のへん+おおざと」、第3水準1−92−61]《ほくばう》の土に没《うづ》め、冥途《よみぢ》の苞《つと》と齎し去らしめんこと思へば憫然《あはれ》至極なり、良馬|主《しゆう》を得ざるの悲み、高士世に容れられざるの恨みも詮ずるところは異《かは》ることなし、よし/\、我図らずも十兵衞が胸に懐ける無価の宝珠の微光を認めしこそ縁なれ、此度《こたび》の工事を彼に命《いひつ》け、せめては少しの報酬《むくい》をば彼が誠実《まこと》の心に得させんと思はれけるが、不図思ひよりたまへば川越の源太も此工事を殊の外に望める上、彼には本堂|庫裏《くり》客殿作らせし因みもあり、然も設計予算《つもりがき》まで既《はや》做《な》し出して我眼に入れしも四五日前なり、手腕《うで》は彼とて鈍きにあらず、人の信用《うけ》は遥に十兵衞に超たり。一ツの工事に二人の番匠、此にも為せたし彼にも為せたし、那箇
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