振り上げし拳を蔵《かく》すに地《ところ》なく、禅僧の問答に有りや有りやと云ひかけしまゝ一喝されて腰の折《くだ》けたる如き風情なるもあり、捲り縮めたる袖を体裁《きまり》悪げに下して狐鼠※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《こそ/\》と人の後に隠るゝもあり。天を仰げる鼻の孔より火烟も噴べき驕慢の怒に意気昂ぶりし爲右衞門も、少しは慚《は》ぢてや首を俛《た》れ掌《て》を揉みながら、自己《おのれ》が発頭人なるに是非なく、有し次第を我田に水引き/\申し出れば、痩せ皺びたる顔に深く長く痕《つ》いたる法令の皺溝《すぢ》をひとしほ深めて、につたりと徐《ゆるや》かに笑ひたまひ、婦女《をんな》のやうに軽く軟かな声小さく、それならば騒がずともよいこと、爲右衞門|汝《そなた》がたゞ従順《すなほ》に取り次さへすれば仔細は無うてあらうものを、さあ十兵衞殿とやら老衲《わし》について此方へ可来《おいで》、とんだ気の毒な目に遇はせました、と万人に尊敬《うやま》ひ慕はるゝ人は又格別の心の行き方、未学を軽んぜず下司をも侮らず、親切に温和《ものやさ》しく先に立て静に導きたまふ後について、迂濶な根性にも慈
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