骨は俗界の葷羶《くんせん》を避くるによつて鶴の如くに痩せ、眼《まなこ》は人世の紛紜に厭きて半睡れるが如く、固より壊空《ゑくう》の理を諦《たい》して意欲の火炎《ほのほ》を胸に揚げらるゝこともなく、涅槃《ねはん》の真を会《ゑ》して執着の彩色《いろ》に心を染まさるゝことも無ければ、堂塔を興し伽藍を立てんと望まれしにもあらざれど、徳を慕ひ風を仰いで寄り来る学徒のいと多くて、其等のものが雨露凌がん便宜《たより》も旧《もと》のまゝにては無くなりしまゝ、猶少し堂の広くもあれかしなんど独語《つぶや》かれしが根となりて、道徳高き上人の新に規模を大うして寺を建てんと云ひ玉ふぞと、此事八方に伝播《ひろま》れば、中には徒弟の怜悧《りこう》なるが自ら奮つて四方に馳せ感応寺建立に寄附を勧めて行《ある》くもあり、働き顔に上人の高徳を演《の》べ説き聞かし富豪を慫慂《すゝ》めて喜捨せしむる信徒もあり、さなきだに平素《ひごろ》より随喜渇仰の思ひを運べるもの雲霞の如きに此勢をもつてしたれば、上諸侯より下町人まで先を争ひ財を投じて、我一番に福田《ふくでん》へ種子を投じて後の世を安楽《やす》くせんと、富者は黄金白銀を貧者は百銅
前へ
次へ
全134ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング