もの》は自己が業の粗漏《てぬかり》より恥辱を受けても、生命惜しさに生存《いきながら》へて居るやうな鄙劣《けち》な奴では無かりしか、如是《かゝる》心を有つて居しかと責めては後にて吊《とむら》はれむ、一度はどうせ捨つる身の捨処よし捨時よし、仏寺を汚すは恐れあれど我が建てしもの壊れしならば其場を一歩立去り得べきや、諸仏菩薩も御許しあれ、生雲塔の頂上《てつぺん》より直ちに飛んで身を捨てむ、投ぐる五尺の皮嚢《かはぶくろ》は潰れて醜かるべきも、きたなきものを盛つては居らず、あはれ男児《をとこ》の醇粋《いつぽんぎ》、清浄の血を流さむなれば愍然《ふびん》ともこそ照覧あれと、おもひし事やら思はざりしや十兵衞自身も半分知らで、夢路を何時の間にか辿りし、七藏にさへ何処でか分れて、此所は、おゝ、それ、その塔なり。
 上りつめたる第五層の戸を押明けて今しもぬつと十兵衞半身あらはせば、礫を投ぐるが如き暴雨の眼も明けさせず面を打ち、一ツ残りし耳までも※[#「てへん+止」、第3水準1−84−71]断《ちぎ》らむばかりに猛風の呼吸さへ為せず吹きかくるに、思はず一足退きしが屈せず奮つて立出でつ、欄を握《つか》むで屹と睥《
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