せぬといふにはあらざれど、のつそりもまた一[#(ト)]気性、他の巾着で我が口濡らすやうな事は好まず、親方まことに有り難うはござりまするが、御親切は頂戴《いたゞ》いたも同然、これは其方に御納めを、と心は左程に無けれども言葉に膠《にべ》の無さ過ぎる返辞をすれば、源太大きに悦ばず。此品《これ》をば汝は要らぬと云ふのか、と慍《いかり》を底に匿して問ふに、のつそり左様とは気もつかねば、別段拝借いたしても、と一句|迂濶《うつか》り答ふる途端、鋭き気性の源太は堪らず、親切の上親切を尽して我が智慧思案を凝らせし絵図まで与らむといふものを、無下に返すか慮外なり、何程|自己《おのれ》が手腕の好て他の好情《なさけ》を無にするか、そも/\最初に汝《おのれ》めが我が対岸へ廻はりし時にも腹は立ちしが、じつと堪へて争はず、普通大体《なみたいてい》のものならば我が庇蔭《かげ》被《き》たる身をもつて一つ仕事に手を入るゝか、打擲いても飽かぬ奴と、怒つて怒つて何にも為べきを、可愛きものにおもへばこそ一言半句の厭味も云はず、唯※[#二の字点、1−2−22]自然の成行に任せ置きしを忘れし歟、上人様の御諭しを受けての後も分別に分別渇らしてわざ/\出掛け、汝のために相談をかけてやりしも勝手の意地張り、大体《たいてい》ならぬものとても堪忍《がまん》なるべきところならぬを、よく/\汝を最惜《いとし》がればぞ踏み耐へたるとも知らざる歟、汝が運の好きのみにて汝が手腕の好きのみにて汝が心の正直のみにて、上人様より今度の工事《しごと》命けられしと思ひ居る歟、此品をば与つて此源太が恩がましくでも思ふと思ふか、乃至は既《もはや》慢気の萌して頭《てん》から何の詰らぬ者と人の絵図をも易く思ふか、取らぬとあるに強はせじ、余りといへば人情なき奴、あゝ有り難うござりますると喜び受けて此中の仕様を一所《ひととこ》二所《ふたとこ》は用ひし上に、彼箇所は御蔭で美《うま》う行きましたと後で挨拶するほどの事はあつても当然なるに、開けて見もせず覗きもせず、知れ切つたると云はぬばかりに愛想も菅《すげ》もなく要らぬとは、汝十兵衞よくも撥ねたの、此源太が仕た図の中に汝の知つた者のみ有らうや、汝等《うぬら》が工風の輪の外に源太が跳り出ずに有らうか、見るに足らぬと其方で思はば汝が手筋も知れてある、大方高の知れた塔建たぬ前から眼に暎《うつ》つて気の毒ながら批難《なん》もある、既堪忍の緒も断れたり、卑劣《きたな》い返報《かへし》は為まいなれど源太が烈しい意趣返報は、為る時為さで置くべき歟、酸くなるほどに今までは口もきいたが既きかぬ、一旦思ひ捨つる上は口きくほどの未練も有たぬ、三年なりとも十年なりとも返報《しかへし》するに充分な事のあるまで、物蔭から眼を光らして睨みつめ無言でじつと待つてゝ呉れうと、気性が違へば思はくも一二度終に三度めで無残至極に齟齬《くひちが》ひ、いと物静に言葉を低めて、十兵衞殿、と殿の字を急につけ出し叮嚀に、要らぬといふ図は仕舞ひましよ、汝一人で建つる塔定めて立派に出来やうが、地震か風の有らう時壊るゝことは有るまいな、と軽くは云へど深く嘲ける語《ことば》に十兵衞も快よからず、のつそりでも恥辱《はぢ》は知つて居ります、と底力味ある楔《くさび》を打てば、中※[#二の字点、1−2−22]見事な一言ぢや、忘れぬやうに記臆《おぼ》えて居やうと、釘をさしつゝ恐ろしく睥みて後は物云はず、頓て忽ち立ち上つて、嗚呼飛んでも無い事を忘れた、十兵衞殿|寛《ゆる》りと遊んで居て呉れ、我は帰らねばならぬこと思ひ出した、と風の如くに其座を去り、あれといふ間に推量勘定、幾金《いくら》か遺して風《ふい》と出つ、直其足で同じ町の某《ある》家が閾またぐや否、厭だ/\、厭だ/\、詰らぬ下らぬ馬鹿※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]しい、愚図※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]せずと酒もて来い、蝋燭いぢつて其が食へるか、鈍痴《どぢ》め肴で酒が飲めるか、小兼春吉お房蝶子四の五の云はせず掴むで来い、臑《すね》の達者な若い衆頼も、我家《うち》へ行て清、仙、鐵、政、誰でも彼でも直に遊びに遣《よ》こすやう、といふ片手間にぐい/\仰飲《あふ》る間も無く入り来る女共に、今晩なぞとは手ぬるいぞ、と驀向《まつかう》から焦躁《じれ》を吹つ掛けて、飲め、酒は車懸り、猪口《ちよく》は巴と廻せ廻せ、お房|外見《みえ》をするな、春婆大人ぶるな、ゑゝお蝶め其でも血が循環《めぐ》つて居るのか頭上《あたま》に鼬《いたち》花火載せて火をつくるぞ、さあ歌へ、ぢやん/\と遣れ、小兼め気持の好い声を出す、あぐり踊るか、かぐりもつと跳ねろ、やあ清吉来たか鐵も来たか、何でも好い滅茶※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]に
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