段※[#二の字点、1−2−22]足場を取り除けば次第※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]に露るゝ一階一階また一階、五重|巍然《ぎぜん》と聳えしさま、金剛力士が魔軍を睥睨《にら》んで十六丈の姿を現じ坤軸《こんぢく》動《ゆる》がす足ぶみして巌上《いはほ》に突立ちたるごとく、天晴立派に建つたる哉、あら快よき細工振りかな、希有ぢや未曾有ぢや再《また》あるまじと爲右衞門より門番までも、初手のつそりを軽しめたる事は忘れて讚歎すれば、圓道はじめ一山《いつさん》の僧徒も躍りあがつて歓喜《よろこ》び、これでこそ感応寺の五重塔なれ、あら嬉しや、我等が頼む師は当世に肩を比すべき人も無く、八宗九宗の碩徳達《せきとくたち》虎豹鶴鷺《こへうかくろ》と勝ぐれたまへる中にも絶類抜群にて、譬へば獅子王孔雀王、我等が頼む此寺の塔も絶類抜群にて、奈良や京都はいざ知らず上野浅草芝山内、江戸にて此塔《これ》に勝るものなし、殊更塵土に埋もれて光も放たず終るべかりし男を拾ひあげられて、心の宝珠《たま》の輝きを世に発出《いだ》されし師の美徳、困苦に撓《たゆ》まず知己に酬いて遂に仕遂げし十兵衞が頼もしさ、おもしろくまた美はしき奇因縁なり妙因縁なり、天の成せしか人の成せし歟《か》将又諸天善神の蔭にて操り玉ひし歟、屋《をく》を造るに巧妙《たくみ》なりし達膩伽尊者《たにかそんじや》の噂はあれど世尊在世の御時にも如是《かく》快き事ありしを未だきかねば漢土《から》にもきかず、いで落成の式あらば我|偈《げ》を作らむ文を作らむ、我歌をよみ詩を作《な》して頌せむ讚せむ詠ぜむ記せむと、各※[#二の字点、1−2−22]互に語り合ひしは慾のみならぬ人間《ひと》の情の、やさしくもまた殊勝なるに引替へて、測り難きは天の心、圓道爲右衞門二人が計らひとしていと盛んなる落成式|執行《しふぎやう》の日も略定まり、其日は貴賤男女の見物をゆるし貧者に剰《あま》れる金を施し、十兵衞其他を犒《ねぎ》らひ賞する一方には、また伎楽を奏して世に珍しき塔供養あるべき筈に支度とり/″\なりし最中、夜半の鐘の音の曇つて平日《つね》には似つかず耳にきたなく聞えしがそも/\、漸※[#二の字点、1−2−22]《ぜん/\》あやしき風吹き出して、眠れる児童も我知らず夜具踏み脱ぐほど時候生暖かくなるにつれ、雨戸のがたつく響き烈しくなりまさり、闇に揉まるゝ松柏の梢に天魔の号《さけ》びものすごくも、人の心の平和を奪へ平和を奪へ、浮世の栄華に誇れる奴等の胆を破れや睡りを攪《みだ》せや、愚物の胸に血の濤《なみ》打たせよ、偽物の面の紅き色奪れ、斧持てる者斧を揮へ、矛もてるもの矛を揮へ、汝等が鋭《と》き剣は餓えたり汝等剣に食をあたへよ、人の膏血《あぶら》はよき食なり汝等剣に飽まで喰はせよ、飽まで人の膏膩を餌《か》へと、号令きびしく発するや否、猛風一陣どつと起つて、斧をもつ夜叉矛もてる夜叉餓えたる剣もてる夜叉、皆一斉に暴れ出しぬ。

       其三十二

 長夜の夢を覚まされて江戸四里四方の老若男女、悪風来りと驚き騒ぎ、雨戸の横柄子《よこざる》緊乎《しつか》と挿せ、辛張棒を強く張れと家※[#二の字点、1−2−22]ごとに狼狽《うろた》ゆるを、可愍《あはれ》とも見ぬ飛天夜叉王、怒号の声音たけ/″\しく、汝等人を憚るな、汝等|人間《ひと》に憚られよ、人間は我等を軽んじたり、久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めの牲《にへ》を忘れたり、這ふ代りとして立つて行く狗、驕奢《おごり》の塒《ねぐら》巣作れる禽《とり》、尻尾《しりを》なき猿、物言ふ蛇、露|誠実《まこと》なき狐の子、汚穢《けがれ》を知らざる豕《ゐのこ》の女《め》、彼等に長く侮られて遂に何時まで忍び得む、我等を長く侮らせて彼等を何時まで誇らすべき、忍ぶべきだけ忍びたり誇らすべきだけ誇らしたり、六十四年は既に過ぎたり、我等を縛せし機運の鉄鎖、我等を囚へし慈|忍《にん》の岩窟《いはや》は我が神力にて※[#「てへん+止」、第3水準1−84−71]断《ちぎ》り棄てたり崩潰《くづれ》さしたり、汝等暴れよ今こそ暴れよ、何十年の恨の毒気を彼等に返せ一時に返せ、彼等が驕慢《ほこり》の気《け》の臭さを鉄囲山外《てつゐさんげ》に攫《つか》んで捨てよ、彼等の頭を地につかしめよ、無慈悲の斧の刃味の好さを彼等が胸に試みよ、惨酷の矛、瞋恚《しんい》の剣の刃糞と彼等をなしくれよ、彼等が喉《のんど》に氷を与へて苦寒に怖れ顫《わなゝ》かしめよ、彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前《めさき》に彼等が生したる多数《おほく》の奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ、彼等は蚕児《かひこ》の家を奪ひぬ汝等彼等の家を奪へや、彼等は蚕児の智慧を笑ひぬ汝等彼等の智慧を讚せよ、すべて彼等の巧み
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