2−22]に口を開かん便宜《よすが》なく、暫時は静まりかへられしが、源太十兵衞ともに聞け、今度建つべき五重塔は唯一ツにて建てんといふは汝達二人、二人の願ひを双方とも聞き届けては遣りたけれど、其は固より叶ひがたく、一人に任さば一人の歎き、誰に定めて命《いひつ》けんといふ標準《きめどころ》のあるではなし、役僧用人等の分別にも及ばねば老僧《わし》が分別にも及ばぬほどに、此分別は汝達の相談に任す、老僧は関はぬ、汝達の相談の纏まりたる通り取り上げて与《や》るべければ、熟く家に帰つて相談して来よ、老僧が云ふべき事は是ぎりぢやによつて左様心得て帰るがよいぞ、さあ確と云ひ渡したぞ、既早《もはや》帰つてもよい、然し今日は老僧も閑暇《ひま》で退屈なれば茶話しの相手になつて少時居てくれ、浮世の噂なんど老衲に聞かせて呉れぬか、其代り老僧も古い話しの可笑なを二ツ三ツ昨日見出したを話して聞かさう、と笑顔やさしく、朋友《ともだち》かなんぞのやうに二人をあしらふて、扨何事を云ひ出さるゝやら。
其九
小僧《こばうず》が将《も》つて来し茶を上人自ら汲み玉ひて侑《すゝ》めらるれば、二人とも勿体ながりて恐れ入りながら頂戴するを、左様遠慮されては言葉に角が取れいで話が丸う行かぬは、さあ菓子も挟んではやらぬから勝手に摘んで呉れ、と高坏《たかつき》推遣りて自らも天目取り上げ喉を湿《うるほ》したまひ、面白い話といふも桑門《よすてびと》の老僧等には左様沢山無いものながら、此頃読んだ御経の中につく/″\成程と感心したことのある、聞いて呉れ此様いふ話しぢや、むかし某《ある》国の長者が二人の子を引きつれて麗かな天気の節《をり》に、香のする花の咲き軟かな草の滋《しげ》つて居る広野を愉快《たのし》げに遊行《ゆきやう》したところ、水は大分に夏の初め故|涸《か》れたれど猶清らかに流れて岸を洗ふて居る大きな川に出逢《いであ》ふた、其川の中には珠のやうな小磧《こいし》やら銀のやうな砂で成《でき》て居る美しい洲のあつたれば、長者は興に乗じて一尋ばかりの流を無造作に飛び越え、彼方此方を見廻せば、洲の後面《うしろ》の方もまた一尋ほどの流で陸と隔てられたる別世界、全然《まるで》浮世の腥羶《なまぐさ》い土地《つち》とは懸絶れた清浄の地であつたまゝ独り歓び喜んで踊躍《ゆやく》したが、渉らうとしても渉り得ない二人の児童《こども
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