たから、余り西洋風のものには接していなかったのであります。そこへああいう風のものを出されたのですから、読書界ならびに作者界に大分異った感じを与えられた事は事実であります。もっとも某先生の助力があったという事も聞いて居《おり》ますが、西洋臭いものの割には言葉遣などもよくこなれていて、而して従来のやり方とは全然違った手振足取を示した事は少からぬ震動を世に与えて居りました。勿論あれが同じあのようなものにしても生硬粗雑で言葉づかいも何もこなれて居ないものでありましたならば、後の同路を辿るものに取って障礙となるとも利益とはなっていなかったでしょうが、立意は新鮮で、用意は周到であった其一段が甚だ宜しくって腐気と厭味と生煮《なまにえ》とを離れたため、後の同路を辿るもののために先達となった体になったのでありましょう。私なぞは当時あの書に対して何様《どん》な評をしたかと云うと、地質の断面図を見るようでおもしろいと云って居りました。
 其後同君の文を余り目にしませんでしたが、近く「二狂人」や「ふさぎの虫」等の翻訳、其から色色の作を見まして漸く文壇の為に働かるる事の多くなって来たのを感じて居りました中、突として逝去の報に接したのは何だか夢のように思えてなりません。近来の事は私が申さいでもいいから態と申しません。ただ同君の前期の仕事に抑々亦少からぬ衝動を世に与えて居ったという事を日比感じて居りましたまま、かく申《もうし》ます。



底本:「露伴全集 第29巻」岩波書店
   1954(昭和29)年12月4日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を次の通りあらためました。
1.旧仮名づかいを現代仮名づかいにあらためました。
2.常用漢字表、人名漢字別表に掲げられている漢字を新字にあらためました。
  ただし、人名については底本のままとしました。
3.ひらがな・カタカナの繰り返し記号は、そのまま仮名を繰り返すようあらためました。
※底本に見られる「躰」は「体」に書き換えました。
入力:地田尚
校正:今井忠夫
2001年6月18日公開
青空文庫作成ファイル:
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