と、私が江戸|訛《なま》りを言うものとお思いになる方もありましょうが、今は皆様カイズカイズとおっしゃいますが、カイズは訛りで、ケイズが本当です。系図を言えば鯛《たい》の中《うち》、というので、系図鯛《けいずだい》を略してケイズという黒い鯛で、あの恵比寿《えびす》様が抱いていらっしゃるものです。イヤ、斯様《かよう》に申しますと、えびす様の抱いていらっしゃるのは赤い鯛ではないか、変なことばかり言う人だと、また叱られますか知れませんが、これは野必大《やひつだい》と申す博物の先生が申されたことです。第一えびす様が持っていられるようなああいう竿《さお》では赤い鯛は釣りませぬものです。黒鯛《くろだい》ならああいう竿で丁度釣れますのです。釣竿の談《だん》になりますので、よけいなことですがちょっと申し添えます。
 或《ある》日のこと、この人が例の如く舟に乗って出ました。船頭の吉《きち》というのはもう五十過ぎて、船頭の年寄なぞというものは客が喜ばないもんでありますが、この人は何もそう焦《あせ》って魚をむやみに獲《と》ろうというのではなし、吉というのは年は取っているけれども、まだそれでもそんなにぼけている
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