ま》いに致します。古い経文《きょうもん》の言葉に、心は巧《たく》みなる画師《えし》の如し、とございます。何となく思浮《おもいうか》めらるる言葉ではござりませぬか。

 さてお話し致しますのは、自分が魚釣《うおつり》を楽《たのし》んでおりました頃、或《ある》先輩から承《うけたまわ》りました御話《おはなし》です。徳川期もまだひどく末にならない時分の事でございます。江戸は本所《ほんじょ》の方に住んでおられました人で――本所という処は余り位置の高くない武士どもが多くいた処で、よく本所の小《こ》ッ旗本《ぱたもと》などと江戸の諺《ことわざ》で申した位で、千|石《ごく》とまではならないような何百石というような小さな身分の人たちが住んでおりました。これもやはりそういう身分の人で、物事がよく出来るので以《もっ》て、一時は役《やく》づいておりました。役づいておりますれば、つまり出世の道も開けて、宜《よろ》しい訳でしたが、どうも世の中というものはむずかしいもので、その人が良いから出世するという風には決《きま》っていないもので、かえって外《ほか》の者の嫉《そね》みや憎みをも受けまして、そうして役を取上げられま
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