これは舟の上に立っていて、御台場《おだいば》に打付ける浪《なみ》の荒れ狂うような処へ鉤《はり》を抛《ほう》って入れて釣るのです。強い南風《みなみ》に吹かれながら、乱石《らんせき》にあたる浪《なみ》の白泡立《しらあわだ》つ中へ竿を振って餌《えさ》を打込むのですから、釣れることは釣れても随分労働的の釣であります。そんな釣はその時分にはなかった、御台場もなかったのである。それからまた今は導流柵《どうりゅうさく》なんぞで流して釣る流し釣もありますが、これもなかなか草臥《くたび》れる釣であります。釣はどうも魚を獲ろうとする三昧《さんまい》になりますと、上品でもなく、遊びも苦しくなるようでございます。
そんな釣は古い時分にはなくて、澪《みよ》の中《うち》だとか澪がらみで釣るのを澪釣《みよづり》と申しました。これは海の中に自《おのず》から水の流れる筋《すじ》がありますから、その筋をたよって舟を潮《しお》なりにちゃんと止《と》めまして、お客は将監《しょうげん》――つまり舟の頭《かしら》の方からの第一の室《ま》――に向うを向いてしゃんと坐って、そうして釣竿を右と左と八《はち》の字のように振込《ふりこ》
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