ども》にも似合わない賢《かしこ》いことを考え出して、既にかつて堪《た》えられぬ虐遇《ぎゃくぐう》を被《こうむ》った時、夢中になって走り出したのである。ところが源三と小学からの仲好《なかよし》朋友《ともだち》であったお浪の母は、源三の亡くなった叔母と姉妹《きょうだい》同様の交情《なか》であったので、我《わ》が親かったものの甥《おい》でしかも我が娘の仲好しである源三が、始終|履歴《りれき》の汚《よご》れ臭《くさ》い女に酷《ひど》い目に合わされているのを見て同情《おもいやり》に堪《た》えずにいた上、ちょうど無暗滅法《むやみめっぽう》に浮世《うきよ》の渦《うず》の中へ飛込もうという源三に出会ったので、取りあえずその逸《はや》り気《ぎ》な挙動《ふるまい》を止《とど》めておいて、さて大《おおい》に踏ん込《ご》んでもこの可憫《あわれ》な児を危い道を履《ふ》ませずに人にしてやりたいと思い、その娘のお浪はまたただ何と無く源三を好くのと、かつはその可哀《あわれ》な境遇を気《き》の毒《どく》と思うのとのために、これもまたいろいろに親切にしてやる。これらの事情の湊合《そうごう》のために、源三は自分の唯一《ゆいいつ》の良案と信じている「甲府へ出て奉公住みする」という事をあえてしにくいので、自分が一刻も早く面白くない家を出てしまって世間へ飛び出したいという意《こころ》からは、お浪親子の親切を嬉しいとは思いながら難有迷惑《ありがためいわく》に思う気味もあるほどである。もちろんお浪親子がいかに一本路を見張っているにしても、その眼《め》を潜《くぐ》って甲府へ出ることはそれほどcIいことでは無いが、元は優しいので弱虫弱虫と他《ほか》の児童等《こどもたち》に云われたほどの源三には、その親切なお浪親子の家の傍を通ってその二人を出《だ》し抜《ぬ》くことが出来ないのであった。しかし家に居たく無い、出世がしたい、奉公に出たらよかろうと思わずにはいられない自分の身の上の事情は継続《けいぞく》しているので、小耳に挟《はさ》んだ人の談話《はなし》からついに雁坂を越えて東京へ出ようという心が着いた。
 東京は甲府よりは無論|佳《よ》いところである。雁坂を越して峠《とうげ》向うの水に随《つ》いてどこまでも下れば、その川は東京の中を流れている墨田川《すみだがわ》という川になる川だから自然と東京へ行ってしまうということを聞き
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