んでゐる。其顔がハッキリ分らないから、大器氏は燈火を段※[#二の字点、1−2−22]と近づけた。遠いところから段※[#二の字点、1−2−22]と歩み近づいて行くと段※[#二の字点、1−2−22]と人顔が分つて来るやうに、朦朧たる船頭の顔は段※[#二の字点、1−2−22]と分つて来た。膝ッ節も肘もムキ出しになつて居る絆纏みたやうなものを着て、極※[#二の字点、1−2−22]小さな笠を冠つて、稍※[#二の字点、1−2−22]仰いでゐる様子は何とも云へない無邪気なもので、寒山か拾得の叔父さんにでも当る者に無学文盲の此男があつたのでは有るまいかと思はれた。オーイッと呼はつて船頭さんは大きな口をあいた。晩成先生は莞爾とした。今行くよーッと思はず返辞をしやうとした。途端に隙間を漏つて吹込んで来た冷たい風に燈火はゆらめいた。船も船頭も遠くから近くへ飄として来たが、又近くから遠くへ飄として去つた。唯是れ一瞬の事で前後は無かつた。
 屋外《そと》は雨の音、ザアッ。

 大器晩成先生はこれだけの談を親しい友人に告げた。病気はすべて治つた。が、再び学窓に其人は見《あら》はれなかつた。山間水涯《さんかんすゐが
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