に※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]《や》せた病躯を運んだ。それは旅中で知合《しりあい》になった遊歴者、その時分は折節そういう人があったもので、律詩《りっし》の一、二章も座上で作ることが出来て、ちょっと米法山水《べいほうさんすい》や懐素《かいそ》くさい草書《そうしょ》で白《しろ》ぶすまを汚《よご》せる位の器用さを持ったのを資本《もとで》に、旅から旅を先生顔で渡りあるく人物に教えられたからである。君はそういう訳で歩いているなら、これこれの処にこういう寺がある、由緒は良くても今は貧乏寺だが、その寺の境内《けいだい》に小さな滝があって、その滝の水は無類の霊泉である。養老の霊泉は知らぬが、随分響き渡ったもので、二十里三十里をわざわざその滝へかかりに行くものもあり、また滝へ直接《じか》にかかれぬものは、寺の傍《そば》の民家に頼んでその水を汲んで湯を立ててもらって浴《よく》する者もあるが、不思議に長病が治ったり、特《こと》に医者に分らぬ正体の不明な病気などは治るということであって、語り伝えた現の証拠はいくらでもある。君の病気は東京の名医たちが遊んでいたら治るといい、君もまた遊び気分で飛んでもない田舎などをノソノソと歩いている位だから、とてもの事に其処《そこ》へ遊んで見たまえ。住持《じゅうじ》といっても木綿《もめん》の法衣《ころも》に襷《たすき》を掛けて芋畑《いもばたけ》麦畑で肥柄杓《こえびしゃく》を振廻すような気の置けない奴《やつ》、それとその弟子の二歳坊主《にさいぼうず》がおるきりだから、日に二十銭か三十銭も出したら寺へ泊めてもくれるだろう。古びて歪《ゆが》んではいるが、座敷なんぞはさすがに悪くないから、そこへ陣取って、毎日風呂を立てさせて遊んでいたら妙だろう。景色もこれという事はないが、幽邃《ゆうすい》でなかなか佳《よ》いところだ。という委細の談《はなし》を聞いて、何となく気が進んだので、考えて見る段になれば随分|頓興《とんきょう》で物好《ものずき》なことだが、わざわざ教えられたその寺を心当《こころあて》に山の中へ入り込んだのである。
路はかなりの大《おおき》さの渓《たに》に沿って上《のぼ》って行くのであった。両岸の山は或時は右が遠ざかったり左が遠ざかったり、また或時は右が迫って来たり左が迫って来たり、時に両方が迫って来て、一水|遥《はるか》に遠く巨巌の下
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