、これも一分苅ではない一分生えの髪に、厚皮《あつかわ》らしい赭い地《じ》が透いて見えた。そしてその割合に小さくて素敵に堅そうな首を、発達の好い丸※[#二の字点、1−2−22]《まるまる》と肥《ふと》った豚のような濶《ひろ》い肩の上にシッカリすげ込んだようにして、ヒョロヒョロと風の柳のように室へ入り込んだ大噐氏に対《むか》って、一刀《いっとう》をピタリと片身《かたみ》青眼《せいがん》に擬《つ》けたという工合に手丈夫《てじょうぶ》な視線を投げかけた。晩成先生|聊《いささ》かたじろいだが、元来正直な君子《くんし》で仁者《じんしゃ》敵なしであるから驚くこともない、平然として坐って、来意を手短に述べて、それから此処《ここ》を教えてくれた遊歴者の噂をした。和尚《おしょう》はその姓名を聞くと、合点が行ったのかして、急にくつろいだ様子になって、
アア、あの風吹烏《かざふきがらす》から聞いておいでなさったかい。宜《よ》うござる、いつまででもおいでなさい。何室《どこ》でも明いている部屋に勝手に陣取らっしゃい、その代り雨は少し漏《も》るかも知れんよ。夜具はいくらもある、綿は堅いがナ。馳走はせん、主客《しゅかく》平等と思わっしゃい。蔵海《ぞうかい》、(仮設し置く)風呂は門前の弥平爺《やへいじい》にいいつけての、明日《あす》から毎日立てさせろ。無銭《ただ》ではわるい、一日に三銭も遣《つか》わさるように計らえ。疲れてだろう、脚を伸ばして休息せらるるようにしてあげろ。
蔵海は障子を開けて庭へ面した縁へ出て導いた。後《あと》に跟《つ》いて縁側を折曲《おれまが》って行くと、同じ庭に面して三ツ四ツの装飾も何もない空室《あきま》があって、縁の戸は光線を通ずるためばかりに三|寸《ずん》か四寸位ずつすかしてあるに過ぎぬので、中はもう大《おおい》に暗かった。此室《ここ》が宜《よ》かろうという蔵海の言《ことば》のままその室の前に立っていると、蔵海は其処《そこ》だけ雨戸を繰《く》った。庭の樹※[#二の字点、1−2−22]《きぎ》は皆雨に悩んでいた。雨は前にも増して恐しい量で降って、老朽《おいく》ちてジグザグになった板廂《いたびさし》からは雨水がしどろに流れ落ちる、見ると簷《のき》の端に生えている瓦葦《しのぶぐさ》が雨にたたかれて、あやまった、あやまったというように叩頭《おじぎ》しているのが見えたり隠れたりして
前へ
次へ
全22ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング