くても、寒気が烈《はげ》しくても棄てては置けぬ。十一月五日には氏郷はもう会津を立っている。新領地の事であるから、留守にも十分に心を配らねばならぬ、木村父子の覆轍《ふくてつ》を踏んではならぬ。会津城の留守居には蒲生左文|郷可《さとよし》、小倉豊前守、上坂兵庫助、関入道万鉄、いずれも頼みきったる者共だ。それから関東口白河城には関右兵衛尉、須賀川城には田丸中務少輔を籠《こ》めて置くことにした。政宗の方の片倉|備中守《びっちゅうのかみ》が三春の城に居るから、油断のならぬ奴への押えである。中山道口の南山城には小倉作左衛門、越後口の津川城には北川平左衛門尉、奥街道口の塩川城には蒲生喜内、それぞれ相当の人物を置いて、扨《さて》自分は一番|先手《さきて》に蒲生源左衛門、蒲生忠右衛門、二番手に蒲生四郎兵衛、町野左近将監、三番に五手組《いつてぐみ》、梅原弥左衛門、森|民部丞《みんぶのじょう》、門屋助右衛門、寺村半左衛門、新国上総介《にっくにかずさのすけ》、四番には六手組、細野九郎右衛門、玉井数馬助、岩田市右衛門、神田清右衛門、外池《とのいけ》孫左衛門、河井公左衛門、五番には七手与《ななてぐみ》、蒲生将監、
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