成と直江兼続の言を用い、利休の弟子の瀬田|掃部《かもん》正忠に命じて毒茶を飲ませたなどと云うのは、実に忌々《いまいま》しい。正忠の茶に招かれて、帰宅して血を咯《は》いたことは有ろうが、それは病気の故で有ったろう。無い事に証拠は無いものであるから、毒を飼わなかったという証拠は無い訳だが、太閤が毒を飼ったということは信ぜられない。太閤が然様《そん》なことをする人とは思えないばかりで無い、然様なことをする必要が何処にあるであろう。氏郷が生きて居れば、豊臣家は却《かえ》って彼様《あんな》にはならなかったろう。氏郷が利家と仲好く、利家は好い人物であり、氏郷と家康とは肌合が合わぬのであった。然様いうことを知らぬような寐惚《ねぼ》けた秀吉では無い。或時氏郷邸で雁の汁の会食があって、前田肥前守、細川越中守、上田主水、戸田武蔵守など参会したことがあった。食後雑談になって、若《も》し太閤殿下に万一の事があったら、天下を掟《おきて》するものは誰だろうということが話題になった。其時氏郷は、あれあれ、あの親父、と云って肥前守利長を指さした。利長の親父は即ち利家だ。利長は、飛騨殿は何を申さるるや、とおとなしい人だ
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