中ならば、干戈《かんか》弓鉄砲の地へ踏込む前に当って、床の間の花、釜の沸音《にえおと》、物静かなる草堂の中で風流にくつろぎ語るのは、趣も深く味も遠く、何という楽しくも亦嬉しいことであろう。然し相手が相手である、伊達政宗である。異《おつ》な手を出して来たぞ、あやしいぞ、とは氏郷の家来達の誰しも思ったことだろう。皆氏郷の返辞を何と有ろうと注意したことであろう。ところが氏郷は平然として答えた。誠に御懇志かたじけのうこそ候え、明朝参りて御礼を申そうず、というのであった。
 イヤ驚いたのは家来達であった。政宗|謀叛《むほん》とは初めより覚悟してこそ若松を出たれ、と云った主人が、政宗に招かれて躪《にじ》り上りから其茶室へ這入《はい》ろうというのである。若《も》し彼方に於てあらかじめ大力|手利《てきき》の打手を用意し、押取籠《おっとりこ》めて打ってかからんには誰か防ぎ得よう。主人若し打たれては残卒全からず、何十里の敵地、其処《そこ》の川、何処の峡《はざま》で待設けられては人種《ひとだね》も尽きるであろう。こは是れ一期《いちご》の大事到来と、千丈の絶壁に足を爪立て、万仞《ばんじん》の深き淵に臨んだ思が
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