蝶々雲

 風吹く時、はなれ/″\になりたる大きからぬ雲の色白き、あるは薄黒きが、蝶などの如くひら/\と風下へ舞ひつ飛びつして行くあり。これを蝶々雲とは、面白くも名づけたるものかな。

      ゐのこ雲

 蝶々雲は古き歌に見えたりや否や知らず、ゐのこ雲といへるは仲正の歌に見えたり。夏の夜秋の夜など、雨もたぬ空の晴れたるに、ひとかたまりの雲のゐのこの如く丸く肥えて見ゆるが、月のあたり走り行くは人々の知るところなるが、これもまた風情ある雲なり。「空払ふ月の光におひにけり走りちりぬるゐのこ雲かな」とよめる歌は、おもしろしとも思へねど、ゐのこ雲といふ名を伝へたる功は此歌にあるべきにや。

      みづまさ雲

 慈鎭和尚の歌に、「まだ晴れぬ水まさ雲にもる月を空しく雨の夜はやおもはん」といへるがあり。水まさ雲は如何なる雲をさすにやと久しく思ひ疑ひ居けるに、全流の兵書に、雨雲の一種にて、はなればなれに魚の鱗のならべるやうに空に布くものなり、とありたるにて、さては水増雲の義なるべしなど思ひぬ。古《いにしへ》の歌人はあなどり難し。なか/\に今の人などより森羅万象に心をつくることまめやかにて、
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