にして大江の水の如くなる白雲たなびき渡り、村もかくし川もかくし山々谿々も匿《かく》しはてゝ、下界を海の底に沈め尽したるが如くに見せたる、雲のわざとは知りながら流石に馴れぬ眼には驚かるゝものなり。開門忽怪山為海、万畳雲濤露一峰と詩にいへるも、まことによく云ひ得たりといふべし。

      雲中の夢

 上にあげたる如き白雲の中に眠りても人の夢は猶塵境に迷ひて、おろかなる事のみ見るものなり。「白雲の中に寐《いね》ても山をいでゝ塵のちまたに通ふ夢かな」とは我がある時の実際をよみたる吟なりき。

      雲のさま

 韓雲は布の如く、趙雲は牛の如く、楚雲は日の如く、宋雲は車の如く、衛雲は犬の如く、周雲は輪の如く、秦雲は行人の如く、魏雲は鼠の如く、斉雲は絳衣の如く、越雲は龍の如く、蜀雲は※[#「※」は「菌のくさかんむりを除いた形」、第4水準2−4−56、231−4]《きん》の如し、と云へるはいとをかし。地に定まりたる雲あり、雲に定まりたる形あるべきにや。おほよそは定まりもあるべし、詳しくはいかゞ。江戸の坂東太郎、浪花の丹波太郎、九州の比古太郎、近江あたりの信濃太郎、これらは雲の出づる方によ
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