を生《おふ》し立てしが、其紅の色の濃からぬを訝しみつゝ朝な夕な疑ひの眼を張りて打まもりたりしをかしさ、今に忘れず。

      鉄線蓮

 てつせんは、詩にも歌にも遺《わす》れられて、物のもやうにのみ用ゐらるゝものなるが、詩歌に採らるべきおもむき無きものにはあらじ。籬などに纏ひつきつ、風車のようなる形して咲き出でたる花の色白く大なるが程よく紫ばみたる、位高く見えて静に幽《かすか》なるところある美はしきものなり。愛で悦ぶ人の少きにや、見ること稀なり。心得ず。

      芍薬

 牡丹は幹の老いからびて、しかも眼ざましく艶なる花を開くところおもしろく、芍薬は細く清げなる新しき茎の上にて鮮やかに麗はしき花を開くところ美し。牡丹の花は重げに、芍薬の花は軽げなり。牡丹の花は曇りあるやうにて、芍薬の花は明らかなるやうなり。牡丹は徳あり、芍薬は才あり。

      鳳仙花

 前栽の透籬《すいがき》の外などに植ゑたるは、まことによし。眼近きあたりに置きて見んはいさゝかおもしろからざるべくや。浅みどりの葉の色茎の色、日の光に透くやうに見えたるに、小き花のいと繁くも簇《むらが》がりて紅う咲きたる、もてあそびものめきたれど憎からず。これの実を指にて摘めば虫などの跳《はね》るやうに自ら動きて、莢《さや》破れ子《み》飛ぶこと極めて速やかなり。かゝるものを見るにつけても、草に木に鳥に獣にそれ/″\行はるゝ生々の道のかしこきをおもふ。此物何ぞ数ふるに足らんと劉伯温の云ひしはいかが。

      断腸花

 秋海棠は丈《たけ》の矮きに似ず葉のおほやうにて花のしほらしきものなり。たとへば貴ききはにあらぬ女の思ひのほかに心ざま寛《ゆる》やかにて、我はと思ひあがりたるさまも無く、人に越えたる美しさを具へたらんが如し。北にむきたる小さき書斎の窓の下などに此花の咲きて、緑の苔の厚う閉ぢたる地を蔽ひたる、いかにも物さびて住む人の人柄もすゞしげに思ひなさる。

      白※[#「※」は「くさかんむり+及」、読みは「きゅう」、第4水準2−85−94、143−10]

 白※[#「※」は「くさかんむり+及」、読みは「きゅう」、第4水準2−85−94、143−11]は世の人しらんと呼ぶ。紅勝ちたる紫の薄色の花の形、春蘭に似て細かに看れば甚だ奇なり。葉は一葉《はらん》をいたく小さくしたるが如く、一つの茎
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