、言用いられず、事|遂《つい》に発して天下動乱に至りたるを慨《なげ》き、書を上《たてまつり》りて、臣願わくは燕に使《つかい》して言うところあらんと請い、許されて燕に至り、書を燕王に上《たてまつり》りたり。其《その》略に曰く、太祖《たいそ》[#「太祖」は底本では「大祖」]升遐《しょうか》したまいて意《おも》わざりき大王と朝廷と隙《げき》あらんとは。臣おもえらく干戈《かんか》を動かすは和解に若《し》かずと。願わくは死を度外に置きて、親しく大王に見《まみ》えん。昔周公流言を聞きては、即《すなわ》ち位を避けて東に居《い》たまいき。若《も》し大王|能《よ》く首計《しゅけい》の者を斬《き》りたまい、護衛の兵を解き、子孫を質《しち》にし、骨肉|猜忌《さいき》の疑《うたがい》を釈《と》き、残賊離間の口を塞《ふさ》ぎたまわば、周公と隆《さか》んなることを比すべきにあらずや。然《しか》るを慮《おもんばかり》こゝに及ばせたまわで、甲兵を興し彊宇《きょうう》を襲いたもう。されば事に任ずる者、口に藉《し》くことを得て、殿下文臣を誅《ちゅう》することを仮りて実は漢の呉《ご》王の七国に倡《とな》えて晁錯《ちょうさく
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