、以《もっ》て吾《わ》が民を福《さいわい》せよ。葬祭の儀は、一に漢の文帝の如くにして異《こと》にする勿《なか》れ。天下に布告して、朕が意を知らしめよ。孝陵の山川《さんせん》は、其の故《ふるき》に因りて改むる勿《なか》れ、天下の臣民は、哭臨《こくりん》する三日にして、皆服を釈《と》き、嫁娶《かしゅ》を妨ぐるなかれ。諸王は国中に臨《なげ》きて、京師に至る母《なか》れ。諸《もろもろ》の令の中《うち》に在らざる者は、此令を推して事に従えと。
 嗚呼《ああ》、何ぞ其言の人を感ぜしむること多きや。大任に膺《あた》ること、三十一年、憂危心に積み、日に勤めて怠らず、専ら民に益あらんことを志しき、と云えるは、真に是《こ》れ帝王の言にして、堂々正大の気象、靄々仁恕《あいあいじんじょ》の情景、百歳の下《しも》、人をして欽仰《きんごう》せしむるに足るものあり。奈何《いかん》せん寒微より起りて、智浅く徳|寡《すくな》し、といえるは、謙遜《けんそん》の態度を取り、反求《はんきゅう》の工夫に切に、諱《い》まず飾らざる、誠に美とすべし。今年七十有一、死|旦夕《たんせき》に在り、といえるは、英雄も亦《また》大限《たいげ
前へ 次へ
全232ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング