。亮の応文《おうぶん》を見るや、応文たゞちに、汝《なんじ》は呉亮にあらずや、と云いたもう。亮|猶《なお》然《しか》らざるを申せば、帝|旧《ふる》き事を語りたまいて、爾《なんじ》亮に非《あら》ずというや、と仰《おお》す。亮胸|塞《ふさ》がりて答うる能《あた》わず、哭《こく》して地に伏す。建文帝の左の御趾《おんあし》には黒子《ほくろ》ありたまいしことを思ひ出《い》でゝ、亮近づきて、御趾《おんあし》を摩《ま》し視《み》るに、正《まさ》しく其のしるし御座《おわ》したりければ、懐旧の涙|遏《とど》めあえず、復《また》仰ぎ視《み》ること能《あた》わず、退いて其《その》由《よし》を申し、さて後自経して死にけり。こゝに事実明らかになりしかば、建文帝を迎えて西内《せいだい》に入れたてまつる。程済《ていせい》この事を聞きて、今日《こんにち》臣が事終りぬとて、雲南に帰りて庵《あん》を焚《や》き、同志の徒を散じぬ。帝は宮中に在り、老仏《ろうぶつ》を以て呼ばれたまい、寿《じゅ》をもて終りたまいぬという。
女仙外史《じょせんがいし》に、忠臣等名山幽谷に帝を索《もと》むるを記《き》する、有るが如《ごと》く無き
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