遇《あ》わずして、軍食《ぐんし》足らざるに至る。帰路|楡木川《ゆぼくせん》に次《じ》し、急に病みて崩ず。蓋《けだ》し疑う可《べ》きある也《なり》。永楽帝既に崩じ、建文帝|猶《なお》在《あ》り、帝と史彬《しひん》と客舎《かくしゃ》相《あい》遇《あ》い、老実貞良の忠臣の口より、簒国奪位《さんこくだつい》の叔父《しゅくふ》の死を聞く。世事《せいじ》測る可からずと雖《いえど》も、薙髪《ちはつ》して宮《きゅう》を脱し、堕涙《だるい》して舟に上るの時、いずくんぞ茅店《ぼうてん》の茶後に深仇《しんきゅう》の冥土《めいど》に入るを談ずるの今日あるを思わんや。あゝ亦《また》奇なりというべし。知らず応文禅師《おうぶんぜんじ》の如何《いかん》の感を為《な》せるを。即《すなわ》ち彬《ひん》とゝもに江南に下り、彬の家に至り、やがて天台山《てんだいさん》に登りたもう。
 仁宗《じんそう》の洪※[#「熈」の「ノ」に代えて「冫」、第3水準1−87−58]《こうき》元年正月、建文帝|観音大士《かんおんだいし》を潮音洞《ちょうおんどう》に拝し、五月山に還りたもう。此《この》歳《とし》仁宗また崩じて、帝を索《もと》むること
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